第35話 最後の戦い

「こういう人なのよ。父は」

 ローナが、まるでごみを見るような目で自らの父親を見つめている。

「バリー、俺は大人じゃない。経験も何もない。お前の言う王の義務や民の権利って言うのは、いかにも正当性があるように聞こえてしまう……。

だけど———ものすごく気持ち悪い。本当にそんなものあるのか?」

「あるに決まっているだろう。そうでないと国家というものは、社会というものはなりたない。バラバラになる。個人の弱さはこの世界に住んでいるお前なら、いや、全ての社会に共通している。国家が例え崩壊したとしても、コミュニティは自然と作られる。

それは、秩序のない社会だ。秩序なき集団が個人に対してどれだけ残酷になれるのか……単純な弱肉強食の世界が広がるだけだ。結果として犠牲は多くでる。

多くの弱者を守るために、少ない犠牲は必要なんだ」

「多くの弱者を守るために少ない犠牲は必要……か」

「そうだ」

「それがお前の言う弱肉強食の社会と何が違うんだ? 

弱者が集団となり、〝自覚のない強者〟と化して〝受け入れる弱者〟を食らっている……ただ、弱者の意思を砕く弱肉強食の世界と化しているだけじゃないのか。それは弱者にとって秩序のない弱肉強食より辛い世界なんじゃないのか」

「クッハッハッハッハッハッハッハ‼」

 バリーは破顔した。

「お前は実際に民を統治したことがないからそういことが言えるんだ! 実際に統治して見たらわかる。秩序ある世界がどれだけの恵みをもたらしているのか! どれだけ多くの人々が救われているのか!」

「その結果が侵略だろう! なら、そんな社会意味なんてない」

「この世界に意味があると言うのか?」

 止まった世界。

 バリーは両手を広げ、言う。

「俺はこの世界のことを、何一つ体験していない。口頭でしか聞いていない。だからこそ言える。

 この現実世界はクソだと。高度情報化社会によって世界中の人間と繋がり、価値観を共有し、平等な社会が訪れた。世界中の人間が権利と義務と平等を知る世界になり、爆発的に文明が発達した。だがその結果、自然環境の破壊、地球自体を蝕み、自らの首を絞めることになった!」

 バリーの言いたいことは、わかっている。

 この問答がどういう結果に行きつくのかも。

「そうだ。だけど、現実世界の人だってバカじゃない。改善しようと努力している……確かに一部の国は自分たちの利益を優先して、環境破壊を続けているけれども、限界は確実に近づいている。

限界が来れば、利益を優先した強欲な人たちも、過ちに気がついて地球を守るために自らを省みるはずだ」

「〝はず〟⁉ そんな確実性のない、現実性のない都合のいい憶測で、この世界に価値があると主張するのか?」

 バリーが嘲笑する。

「わかっている。けれども、信じることしかできないんだ。焦って力を使って抑え込んでも、欲望は消えない。その欲望がまた別の業を生み出す。欲望は外部から押さえつけられるものではないんだ。

沸き上がる欲望は自ら押さえつけるしかない。それができて自制するか、そのまま滅びるか……俺たちには信じることしかできないんだ。世界がより良い方向に向かって行くと信じて日々を生き抜いていくしか、世界を変えていくことはできないんだ!」

「そんな悠長な話……滅びは待ってくれないぞ」

「だから、日々頑張るんだ。焦っても世界は変えられない。大きな事をするのに、急ぐことはできないんだ」

「…………お前の理屈はよくわかった」

「バリー、協力してくれくれないか?」

 俺はバリーに向かって手を伸ばす。

「こんな止まった世界での侵略じゃなくて、二つの世界の現状を話し合って、問題を分かち合えば、きっと上手くいくと思うんだ。上手くいかなかったとしても、何も互いを理解し合わないまま、ぶつかり合うよりははるかに良い。少しだけ、歩み寄ろうと頑張ってみないか?」

「……ク、アッハハハハ」

 バリーは乾いた笑いを漏らした。

「一体全体、お前は何様なんだ。ただの子供が悟ったように……」

「子供でもわかることなんだよ。それだけ簡単なことなんだ、バリー。

互いを理解しようとすること。〝理解する〟ことじゃない。そう〝しよう〟と思う気持ちが大事なんだよ。そんな簡単なことは、大人になって社会を知らなくてもわかることなんだよ」

「……そうか。お前の気持ちは理解はした。だが、俺は止まるわけにはいかねぇ。子供の理屈で止まれるほど、大人って言うのは甘っちょろいもんじゃないんだよ」

 バリーの全身から黒い炎が噴き出す。

「わかってる。だから、言葉だけじゃなくて、行動で示す。いや、俺はすでに示している」

「示している?」

「ミストラルの塔を破壊した」

「「—————ッ⁉」」

 バリーとリチャードの空気が、変わった。明らかに怒気が全身にみなぎり、敵意をむき出しにしている。

「魔力枯れは起こらない。世界樹から魔力を搾取し続けるシステムは破壊した。バリーもうお前が見栄を張る必要はない」

「なんてことをしてくれたんですか! あなたは⁉」

 リチャードが詰め寄ってくる。

「ミストラルの塔によって、本来死ぬような病気を持った人間だって、魔力を常に摂取し続ける魔力心臓によって生きることができていたんですよ! 私の母が……! このままでは……!」

「…………」

「あなたは、偉そうな子供の理屈をのたまっていましたけど……その理屈のせいで死ぬ人間のことを考えたことがあるんですか⁉」

 リチャードが俺を指さし非難する。

「考えては、いない……確かに軽率な行動だったと思う。俺の行動はリチャード、お前の母親を犠牲にした。それでも、あのシステムを続けてる限り、別の誰かの命を犠牲にすることになるんだ。

 それに俺はあのミストラルの塔があって何もできない、改善しようともしないあの異世界の社会システムが気持ち悪いと思った。

 俺の行動は間違っている。だけど、何もしないことも間違っていると思ったんだ。だったら、俺は何か行動をして間違いたい。何もしないで、ひたすら間違い続けるのは嫌だったんだ」

「あなたは所詮子供ですね! バリー!」

「ああ……お仕置きの時間だな」

 リチャードが俺に向かって、ジュースの缶を投げ放った。

 何だ————⁉

 ただの、市販の缶だ。それを投げて何をしようと————、

「〝オウカ〟に————!」

 ローナの緊迫した声が聞こえた。

 乗って、その言葉を待たずに俺は〝オウカ〟に念じ召喚する。

 足元から鉄の手が伸び、俺たちの視界を塞ぐ。

爆水マリンプレッシャー!」

 鉄の手の向こうで、水が爆発のように弾け、轟音を響かせる。

 俺たちは〝オウカ〟の手に救い上げられながら、光に包まれる。

 地上から出現した魔法でできた鉄の巨人———機神きしん〝オウカ〟そのコックピットに吸収されていった。

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