時界機神 オウカ

あおき りゅうま

第1話 序章―――止まった時の中で、

 時が止まる。


 新宿の空の下。

 俺は浮いていた。

 瓦礫と共に浮いていた。

 ビルが砕け、道路が抉れ、空中に飛散ってはピタッとその場で停止していく。


 ガァン!


 金属の鈍い音が響く。

 巨人だ。

 黄金の巨人が————、


 ォォヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼


 赤の怪物と戦っている。

 二本の角が生えて、口の端からは牙を覗かせ、鋭い爪で次々とビルを破壊していく獣。

 牛とも馬とも狼ともつかない、異様な獣だった。

 その二体の化け物の戦いの光景を、俺は上空から見下ろしていた。

 地上五十メートルはあるであろう、はるか上空から————ビルの瓦礫と共に。

 どうしてこうなった?

 俺はただ、友達と遊んでいただけだったのに。

「やることねぇからゲーセン行くべ?」

 格ゲー好きの山中勝彦に誘われて、特にやりたいゲームもなかったのに新宿まで出向いてきた。

 アニメ好きの田代に勧められた今期のおすすめの漫画原作のアニメ。ついでにそれの原作を買うか、と思いながら何となくついて行った。


 新宿三丁目駅から歩いて十分程度にあるビルの四階。


 窓もないそのフロアで格ゲーをしている山中の背中をぼーっと見ていた。

 早くゲーム終わらないかな、と思っていた。

 友達といても楽しくないな、と思っていた。

 最近何か楽しいことないかな、と思っていた。


 その仕打ちがこれか————?


 山中の背中を見ていたある時に、時間が止まった。

 ボタンを連打していた山中の動きが止まり、田代が「俺下の、」と言いかけたところでマネキンのように固まった。俺も動けなくなった。眼球が固定されたように動かなくなり、ただただ外で聞こえるドォン! ドォン!という音を聞き続けていた。

 やがて、一層強いドォンが響いたと思ったら……気が付いたらビルが破壊され、空中に身が投げ出されていた。


 黄金の巨人と深紅の獣。


 二体の怪物の戦いは拮抗していた。

 深紅の獣が口から火炎を吐き出しても、黄金の巨人はひるまず、獣の顔面を殴り飛ばす。

 ひるむわけがない。何故なら黄金の巨人の体は金属でできていた。


 ————ロボット?


 二十メートルはある鉄の巨体が、止まった時の中で怪獣と戦っている。

 意味が分からない。

 だが、今俺の目の前に広がっている光景こそが現実だ。

 やがて———、


 シシュ————————————————————————。


 黄金の巨人の装甲の隙間から煙が噴き出し————背中に輝く華がパッと咲いた。

 違う、花じゃない。

 たてがみだ。

 黄金の巨人は鋼鉄の装甲を持っておきながら、鬣を持っていた。

 跳ぶ————。

 鬣を放射状に広げて、赤の獣へ飛び掛かるその姿は……まるで、金獅子だった。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!


 赤の獣は、方向を上げて迎え撃つが、


 ドッ——————————————!


 胸を貫かれた。

 黄金の巨人の拳が、赤の獣の胸部を破砕はさいしている。

 赤の獣は悲鳴を上げる。

 断末魔の悲鳴だ。口から血を吐き出し、後退し、貫かれた胸を抑えるがとめどなく血が流れ続けている。


 ガ—————————。


 ギョロギョロと目玉が泳ぐ。何かを探している。

 その隙に————黄金の巨人は疾駆しっくした。

 赤の獣が黄金の巨人を見据え、歯をむき出しにする。そう表現してしまうと黄金の巨人を迎え撃とうと自らを鼓舞しているように聞こえてしまうが———違う。

 明らかに赤の獣は怯えていた。黄金の巨人にはもう勝てないと理解し、必死に逃げる道を探していた。その時間すらもないとわかり、恐怖で歯を食いしばっていたのだ。

 黄金の巨人が赤の獣の感情をかんがみることは———ない。

 一直線に向かい、拳を振り上げる。

 とどめを刺す気だ。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!


 赤の獣は最後のあがきに出た。

 跳躍———。

 黄金の巨人とは逆方向に、跳んだ。

 逃走。もう打つ手はなしと判断し、逃亡という手段を取ったが、黄金の巨人から逃げられる確率は高くない。それは赤の獣自身が一番理解している。

 だが、一パーセントでも生き残れる確率が高いのならその手段を選ぶだろう。

 そして、その獣がとった道は俺にとっては最高に迷惑な道だった。

 真っすぐに、赤の獣は————俺に向かって飛んできていた。

 ———————ふざけんなよ!

 俺は止まった時の中で瞳すら動かすことができないんだぞ! 

 俺はただ、迫りくる巨大な獣の牙を見つめることしかできなかった。

 赤の獣と目が合う。獣は俺を行く手を遮る邪魔なゴミと判断したようだ。巨大な爪が生えた手を振りかざし、


 ——————————————————ッ!


 からだが両断された。

 止まった時の中で————俺は死んだ。確実に死んだ。

 腹を横一線に切り裂かれ、上半身と下半身が別れた状態にされてしまった。

 それでもまだ意識がある。

 この世界が止まった世界だからだろう。

 痛みも感じないまま、ただ死の恐怖に心を震わせ、走る赤の獣の背中を見つめていた。俺を殺してまで逃げるその背中はあっさりと黄金の巨人に追いつかれ、黄金の巨人が光る剣を抜き、両断した。俺は上と下で真っ二つ。俺を殺したあの怪獣は右と左で真っ二つ。切られた方向は違うが二つになったと言う点ではおそろいになった。そんなことを考えている俺は余裕があるのだろうか……。

 戦いは終わった。

 止まった時間の中、黄金の巨人だけが動き続けている。

 どうなる? これからあの巨人は何をして、俺は一体どうなってしまう?

 そんなことを思っていると、黄金の巨人がゆっくりと俺へ向かって飛んできた。

 浮遊していた。まるで水の中にいるかのように空中を優雅に飛び、俺の前へとやって来る。

 そしてぴたっと止まり、胸が開く。

 シューッと装甲の隙間から煙を吐き出しながら、開いた胸から人が出てくる。


 女の子————だった。


 その女の子は異世界から来たような恰好をしていた。ピンクのフリルのついたケープにコルセットを腹に巻き、現代風の格好をしていなかった。映画で見た中世ヨーロッパの人がしているような恰好だった。ファンタジー風と言えばいいのか。


「…………ぃ」


 彼女は泣きそうな顔をしていた。今にも涙がこぼれそうな瞳で俺を見つめ、何かを言っていた。

 俺の耳にその音は届かなかった。口だけが動いていることを確認し、もう一度同じ言葉を言ってくれることを祈った。

 だが、女の子はもう口を開かず俺の顔に手を伸ばし、視界を掌で遮った。

 これって————死んだ人間の眼が開いていたから、安らかに眠るように目を閉じらせる奴?


 嫌だ————!


 まだ死にたくない————!


 したくもないゲームをしに新宿に来て、わけもわからず怪物の衝突に巻き込まれて命を落とす。そんなかいのない人生あってたまるか!

 やめろ……俺はまだ死んで、死んでない……そんな、もう手遅れみたいなことする……する………………………、

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