第40話、触れられなくとも
夜の10時。
喫茶店の仕事が終わった俺は家へ戻っていた。
今日も疲れたなぁと思いながらもどこか気持ちの良い疲労感だった。これは純白と俺が一緒に居続ける為に必要な事、そう思うと自然と力が湧いてくる。
家に着いた後はお風呂で身体を洗い流して、さっぱりとした気分で自室に向かう。
今はゴールデンウィークの真っ只中なので時間の融通は効く。バイトはいつも夕方からなので朝から昼までの時間はたっぷり使えるわけだ。
流石に今日は朝から色々な事を詰め込んでいたからな。体を休めようと思ってベッドに倒れ込む。
ちょうどそのタイミングでスマホの着信音が聞こえたので画面を確認すると――そこには純白の名前が映っていた。
部屋は隣でいつもなら用事があれば『兄さん兄さん!』と扉をノックしてくるのだが、今こうしてスマホを介して連絡を取り合っているのには理由があった。
(父さん……俺と純白を離れさせる為に、互いの部屋の行き来は禁止って言ってたんだよな)
とにかく父さんは俺と純白の関係を不安に思っている。実の兄妹として育ててきたはずが、互いを異性として認識して両想いになっている俺達の接触を断とうとしているのだ。
だから家にいる時はスマホで連絡を取るか、父さんの目のつくリビングで話すしかない。二人で勉強をしている姿は見せつけたいからリビングで良いのだが、のんびりとした時間を過ごすとなると父さんの目が気になる。こうして夜の時間になればスマホでの連絡になるのは仕方ないことだ。
俺はスマホをタップしてRINEを開く。純白とメッセージでのやり取りを始めた。
『兄さん、今日もお仕事お疲れ様でした!』
『ありがとう、純白。喫茶店で食べたナポリタン、どうだった?』
『本当に最高でした! 兄さんのナポリタンは世界一です! 父さんもびっくりしてました!』
『そっか、父さんも。張り切って作った甲斐があったな』
いつも通りのやり取りを文章で進めるのだが、やはりというか物足りなさを感じる。純白の笑顔と明るく弾むような声を聞かないと落ち着かない。
(隣の部屋にいるのに……すごく遠くにいるように感じるな……)
俺達はいつもくっつき合っていた。それが当たり前だった。
そんな関係だからこそほんの少しの距離が何処までも長く感じてしまう。
この距離感が嫌で、どうにかして近づきたくて、俺は無意識の内にこんな言葉を打っていた。それは……。
『純白に会いたい』
そんな欲求が滲み出た言葉だった。
俺はハッとしてすぐにメッセージの削除ボタンを押そうとしたが、既に送信されたメッセージには既読が付いてしまう。
(やっちまった……)
これでは純白を不安にさせてしまう。俺達の作戦が成功するまで決して弱い所は見せられないはずだった。気丈に振る舞って我慢しないといけないところなのに……。
しかし、俺の予想とは違った反応が返ってくる。
それは純白からの通話の着信、しかもビデオ通話だった。
俺は驚きながらも通話ボタンを押す。すると画面に映るのは――純白の優しい笑顔だ。
『兄さん、こんばんはっ。わたしも兄さんに会いたいから……電話しちゃいましたっ』
可愛らしい笑顔を浮かべて画面の向こうの純白は話しかける。その笑顔と声を聞いた瞬間、今までの寂しさとか、二人きりで会えない事への不満、そういった感情が全て吹き飛んでいく。俺の口元は自然と緩んでいた。
「そっか、直接会えなくてもビデオ通話でお話出来るんだもんな」
『はいっ。これなら兄さんのお部屋に行かなくても、こうやって顔を見ながらお話しできますからっ』
純白は薄手のパジャマ姿で俺のようにベッドの上で寝転がっている。柔らかな銀色の髪がベッドの上でふわりと広がっていた。
俺の顔を見て安心するように微笑んでくれる純白に、胸の高鳴りを覚えながら言葉を返す。
「なんか不思議な気分だ。純白とは毎日顔を合わせてるのに、ビデオ通話だと全然違う気がする」
『そうですね、兄さんの顔は毎日見ているのに少し違って見えますっ』
「純白もそう感じるのか。でも直接会っても、こうしてビデオで通話しても、純白は最強に可愛いよな」
『も、もうっ。そんなこと急に言われたら恥ずかしいですよぅ……っ』
そう言いながら純白は頬を赤く染めていた。その恥じらいがまた可愛い。いつもみたいに撫でてあげられないのが残念で仕方なかった。
そして純白は画面越しの俺をじっと見つめてその大きな青い瞳を細める。
『兄さんだって、すごくかっこいいですよ。画面越しでも兄さんは世界一かっこいいですっ』
「……っ。これは確かに恥ずかしいな……面と向かって言われるよりも、なんかこう、くるものがある……」
『えへへ、分かってくれました? でも早く、以前のように兄さんとくっつきたいです。ぎゅーってして、なでなでしてもらって、兄さんにいーっぱい甘えたい』
「俺もだよ。今も純白の頭を撫でたくて仕方ない、早く父さんから認められて一緒になりたいな」
もしこのまま家での接触も制限された状態で、更に一人暮らしまで始まってしまえば、もう純白と会う事すら出来なくなってしまうかもしれない。それでは一度目の人生の繰り返しになってしまう。
だからこそ、何がなんでも父さんに分かってもらわなければならない。俺達の幸せを願うなら決して離れ離れにはしてはいけないと、俺達の恋愛を認めてもらう必要がある。
『一緒にがんばりましょうね、兄さんっ。中間テスト、二人ですごいことを成し遂げましょうね』
「ああ、父さんをびっくりさせよう。俺達二人ならどんな事でも出来るって証明する。その為にもゴールデンウィーク中から勉強を頑張らないとな」
『兄さんのバイト中、まとめてくれていたノートとテストでしっかり勉強しましたっ。おかげで苦手な数学でも良い点数が取れそうですっ!』
「それは良かったよ。じゃあ明日になったら確認するな、他の教科の苦手な部分もまとめておくからそれにもチャレンジだ」
『とても嬉しいですけど、でも無理はしないでくださいね……。今日だってバイト頑張って夜遅くに帰ってきて、それなのにまたわたしの為に……』
「大丈夫だよ。俺と純白の将来の為なんだ。絶対に俺達は幸せになる、その為なら俺はいくらでも頑張れる」
『……兄さんはかっこよすぎます。そんなこと言われたら……もっともっと好きになっちゃう』
「今でも好きなのに、もっともっと?」
『はいっ……、もっともーっとです。だってわたしの事を大切にしてくれて、甘やかしてくれて、いつだって大好きをくれる兄さんに、もっといっぱい好きを伝えたくなるんです』
「俺も好きって気持ちを純白にもっと色んな形で伝えるよ。でも今はビデオ通話だからな、純白の事が大好きだって愛してるって精一杯の言葉で伝える」
『うう……すごいっ。ビデオ通話で言われるの、きゅんきゅんしちゃいますね……。兄さんに触れられないからもどかしくて、余計に言葉に敏感になっているかも……』
ふにゃふにゃに顔を緩ませながら純白は言う。そんな純白が可愛くて画面に向かって手を伸ばす。赤く染まった頬を指でなぞるように、でも柔らかな感触はそこになくて、それが純白の言うようにもどかしく感じる。
でも今は我慢だ。父さんから認められたその後、今まで出来なかった分も一緒にめいっぱい純白を可愛がるんだ。
俺は画面の向こうの純白を見つめる。すると純白は俺の真似をするかのように、画面に映る俺に手を伸ばしてきた。
触れ合うことは出来ないけれど、お互いの熱が伝わるような不思議な感覚だった。
『ねえ、兄さん。わたし、今日は寝るまでずっとお話してたいです』
「奇遇だな、俺も同じことを考えてたよ。寝落ち通話ってやつ、純白としてみたい」
『やったぁ。それじゃあわたしが兄さんを寝かしつけてあげますねっ』
「おいおい、それは俺の仕事だぞ? だって純白の寝顔が見たいし」
『だめですっ。わたしだって兄さんの寝顔が見たいのです』
「なら競争だな。どっちが先に寝かしつけられるか勝負といこう。賞品は寝顔のスクリーンショットを撮る権利でどうだ?」
『えっほんとですか! 兄さんの寝顔を保存してもいいんですかっ!?』
「俺に勝てたらな。でも俺だって純白の可愛い寝顔を保存したいし負けないからな」
『むぅ〜、本気出しますからねっ。兄さんに絶対勝ってみせますっ』
「純白の本気、楽しみにさせてもらおう。じゃあそういうわけで、むかーしむかし~」
『あっ、兄さんそれ反則っ! 兄さんの優しい声で昔話されたら心地よくて眠くなっちゃう……っ!』
「ある所におじいさんとおばあさんが~」
『ああもうずるいっ、兄さんの声にわたしの耳が反応しちゃいます……っ。ね、ねむい……っ』
俺の優しい声音にどんどん落ちていく純白の瞼、それでも頑張って起きようと抵抗する姿が愛おしい。
そうやって俺達は幸せな時間を一緒に過ごす。
――そして俺の保存した純白の寝顔は一生の宝物になるのであった。
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