甘い夜

「ミューズは兄上の方が良かったか?」

そう聞かれ、はてと首を傾げる。


「なぜそのような事を?」

「兄上と話すと楽しそうだから」

ムスッと口を尖らせているティタンは妬いているのだろう。


政治の話や国の話だとティタンは口を出せないようだから。


「私はティタンが良いのだけれど」

安心させるように彼の腕にキュッと抱きつく。


「そうやって妬いてくれるほど私を想ってくれて嬉しいわ」


ミューズがティタンの腕に頬ずりをする。ふくよかな胸の感触が薄い夜着を通して感じられ固まってしまう。ミューズは気づいていないようだ。


「優しくて一途なティタンを愛しているの。不器用だけれど真っすぐで、少し照れくさい時もあるけれど愛されてるって実感出来てうれしい」


抱きしめられた時など恥ずかしいが、愛情を感じられて本当はとても嬉しい。


特に母が亡くなってからそういうスキンシップもなくなったので温もりに安心する。


「ひどい環境から助け出してくれた恩人であるあなたに感謝もしている、そんな私の人生を変えてくれて悪評を物ともしない強く頼りになるあなた以外に好きになる人なんていないわ。

いつだって私を支えてくれて、愛してくれて、ありがとう」


それと、この逞しい体。ミューズの理想の筋肉。


「そして私、鍛え抜かれたあなたの体も好き。本当はもっと触れていたい」

ティタンの大きな手に自分の手を絡ませる。体目当てのようで恥ずかしいが、愛情を疑われてるよりはいいだろう。


触れた時に、「うっ…」と小さな声がしたので戸惑ってるかもしれない。


まじまじと触れたのは初めてかも。


大きくて筋張った手に幾度も剣を握って硬くなった手のひらは鍛錬の証だろう。

筋肉にて膨張した二の腕などミューズがぶら下がっても大丈夫そうな程太い。

大腿もすごい。強靭な体を支える為にこんなに太い。自分のぷよぷよなものとは違ってこんなに勇ましい。


「それ以上はダメだ」


顔を真っ赤にし、ティタンはミューズの手を止めた。


色々と考えていたら彼の体のあちこちに触れていたようだ。


恥ずかしさなのか、ティタンはミューズと距離を取りやや前屈みになって顔を隠した。


「こんな風に女性に褒められたり触られたりするのは初めてだ。嬉しいが刺激するのはやめてくれ」

「だってティタンが私を疑うような事を言うから、精一杯伝えようと」

ミューズがムッとする。


いつもティタンだって人前で恥ずかしい事をいっぱい言うのだから、二人っきりの今ちょっと仕返ししてやろうと思った。わざと距離をつめ彼の体にしなだれかかる。


「優しい笑顔だってひとり占めしたいと思ってるのよ。普段はとても精悍なのに可愛らしくなるんだもの」

うふふと意地悪っぽく笑う。


「政治の話は仕事の話。あなたとはそんな話じゃなくて楽しい話をしていきたいの。

毎日の事や趣味の話とか食べ物の話、好きなものや嫌いなものの話とかもしてみたいな。それと結婚したらどんな家庭を作っていきたいか」


「結婚したら…」

早く式を望むティタンはその言葉を復唱する。


「そう、結婚したらまずは何しようとか。婚約中である今ももう一緒に住んでるからあまり変わりないかもしれないけど。茶会やパーティの準備、あとは…」

「…子どもが欲しい」

「そうね、子どもも欲しいわね」

孤児院などにも視察に行っていたが、ミューズは子どもが好きだ。弟もいるし、ぜひ欲しいと思っている。


「男の子、女の子、どちらでも可愛いだろうなぁ」

今からうきうきしちゃうが、何故かティタンの表情は硬い。苦しそうだ。


「大丈夫?」

覗き込むようにティタンを見ると弾かれたように突然抱きつかれた。


驚きはしたものの悲鳴を抑え、ミューズはティタンを見る。


「どう、したの?」

「早く結婚したい。ミューズを手に入れたい。子どもを、作りたい」

ティタンの息が荒く、体が熱い。


優しく身体を擦ってあげるが、覆いかぶされてるので腕以外身動きが取れない。

重いわけではないが、こんなに密着したことは初めてだ。


心臓がどくどくと脈打っている。今の状況を考えるとそういう事なのだろう。

怖くはないが困惑が強い。


「ティタン待って、まだ早いわ」

ミューズは大腿に触れられ体をビクリと震わす。反射的に動いてしまったが拒絶と取られたかそれ以上は触れてこない。


呼吸を落ち着かせようと深呼吸しているのがわかる。

ティタンも落ち着こうと必死で我慢しているのだ。


(刺激しすぎたかも)

抵抗すればティタンはすぐに離れて止めてくれるだろう。


しかしそれが原因でこの先二人の関係に溝が出来てしまうかもしれない。


何よりミューズは恋愛小説などは読んでいたが、自分の置かれている状況がよくわかっていない。


子どもを作るとはどうしたらいいか、わかっていないのだ。


本能的に今とても危ないとはわかっている、しかしティタンのために受け入れた方がいいのか。


「ティタン…私あなたを愛しているわ」

抱きしめられているので耳元で囁くようになってしまう。

ティタンはその声にぞくぞくと体を震わせた。


「でも、今は待って…きちんと準備してからがいいの」

ゆっくり、優しく、囁きかける。


「体を起こして…?」

ミューズがお願いすると、ティタンはゆっくりと離れた。

泣きそうな顔をしている。


「お願い、もう少しだけ待ってね」

ティタンの頬を両手で挟み、ゆっくりと唇を重ねる。


恥ずかしさで死にそうだが、ティタンと約束をする。


「式をあげたら、いっぱい、続きしようね?」


あまりにも可愛らしい婚約者にティタンは額に手を当て、天を仰いだ。


もちろんその夜は眠れず、一人鍛錬室にて体を動かし煩悩を発散して過ごすティタンだった。

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