第1話 金髪の天使
新しい制服に袖を通す。
ベージュのブレザーにネクタイ。
まだ制服が体に馴染んでいないのか少し動きづらい。
玄関でサイズの大きいローファーを履く。
つま先でトントンと地面を叩いて足に馴染ませる。
「いやー、悲しくなるな。しばらく会えないなんて」
父さんが寂しそうに呟く。
「ちゃんと荷物は全部持った?」
母さんが心配そうな顔をしている。
「持ったよ」
「兄さん、向こうでも元気でね」
弟は無能力者だ。
俺に能力は発生したが、弟には能力が発生しなかった。
「うん、じゃあ行ってくる」
3人に見送られながら玄関を出る。
俺も両親や弟と離れるのは寂しい。
でもこれから起こることへのワクワクも大きかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺に能力があると気づいたのは中三の夏休みだった。
俺は登場人物がド派手な技で戦うアニメや映画が好きで、
その日も自分の部屋でアニメを見ていた。
見終わった俺は興奮して、
鏡に向かってアニメのキャラのように技を出す妄想をして遊んでいた。
鏡には黒髪の俺。
夏休みに入って金髪に染めようと思ったが、勇気がなかった。
シュッシュッ!とシャドーボクシングをしてみる。
アニメでよく手のひらから技を出したりするよな。
右手を前に伸ばして手のひらを大きく開きグッと力を入れ、
その右手を左手で強く押さえる。
意識を手のひらに強く集中させ、一気に放出する。
「でりゃぁぁぁぁ!」
ただ、中二病をこじらせただけだった。
自分で適当に構えて叫んだだけだった。
もちろん、そんなの出るわけないと思ってた。
でも、気づけば自分の部屋の壁が吹っ飛んでいた。
目の前の光景に唖然とする。
部屋と外との境が無くなり、部屋の中にビューッ!と勢いよく風が入ってくる。
今、俺の手のひらからアニメみたいなエネルギー砲が出たよな・・・
俺は自分の起こした事にただ口を開けて驚いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この日以降、俺は”能力者”になった。
そこから能力に慣れるまでは大変だった。
まず俺の能力は「体の中にエネルギーを貯めて放出できる」能力だ。
俺はこの能力を【超力】と名付けることにした。
エネルギーは何もしなくても自動で体に溜まっていき、
それを止めることはできない。
主に自然からエネルギーが溜まることが多い。
木や森の近くに行くと多く溜まる。
エネルギーの溜めすぎにも注意で、
限界になると体がキャパオーバーで気を失って倒れる。
特にパワースポットと言われるところに行ったら最悪で、
エネルギーの供給過多ですぐにぶっ倒れそうになる。
だから体にエネルギーが溜まりきるまでに放出しなければいけない。
これが今わかっている俺の能力のことだ。
家族はそんな能力が発現した俺のことを優しくサポートしてくれた。
「もうやだ!体に力が溢れて抑えられない!」
「そんなアニメの悪役みたいなこと言わないの」
弱音を吐く俺を母さんは元気よく励ましてくれた。
俺は自分の能力を理解するために色々なことを試した。
例えば近くの公園で空に向かって思いっきりエネルギー砲をぶっ放してみた。
瞬間、轟音とともに空が引き裂かれ、遥か彼方に向かってエネルギー砲が伸びていった。
翌日のニュースでは、
「驚きのニュースです!昨夜、地上から天高く伸びる謎の光が確認されました!」
流れたVTRには謎の光として俺の撃ったエネルギー砲が大々的に映し出されていた。
幸い遠くから撮影されたもので、俺の姿は映っていなかった。
「私もびっくりしたのよ!夜寝てたら急に明るくなって!」
ご近所さんがモザイクでインタビューを受けている。
これは完全にやりすぎた。
こんなおおごとになるとは思わなかった。
「もしかして今話題の能力者の仕業でしょうか!」
コメンテーターがニヤニヤと言う。
能力者は世間に認知されているが、未だにその存在を信じている人は少ない。
はっきりとした映像も少ないし、あってもCGだとか言われている。
俺も最初は能力者なんて信じてなかった。
でもまさかの自分が能力者になってしまった。
俺の能力は思った以上に危険で、
全力で放てば小さい山ぐらいなら跡形もなく吹っ飛ばせる。
人なんかに向けて撃てば、殺せるどころか塵になって消えるはずだ。
そんな時に学園からの入学の案内がきた。
その送り先は、
”国立異能学園”
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
電車やバスを乗り継いで数時間。
目的の停車駅で降車する。
学校があるって場所の近くまで来たけど・・・
降りた目の前には大きな山があり、周りに学校らしきものはない。
ポケットを探り、学校からの案内用紙を取り出す。
四つ折りにした紙を開くとロープウェイに乗って山を登るって書いてある。
周りをキョロキョロと見渡す。
ロープウェイなんてどこにあるんだよ。
新入生用の紙に書いてある集合時間はもうすぐだ。
急がないと遅れるぞ。
仕方なくその場から歩き出す。
そういえば能力が発現した子供は強制的に学園に入学させられるらしい。
学園に行けば俺より強い能力のやつもいるのかな。
そういえば能力者は子供が多いってニュースでやってたな。
大人もいるけど少ないって。
あと偏見だけど能力者ってやばいやつな気がする。
だって強力な力を持っているんだし。
大丈夫かな・・・なんか心配になってきた。
そんなことを考えながら歩いていると、
奥の方に俺と同じ制服を着た長い金髪の女の子を見つけた。
よく見ると女の子も新入生の紙を持っている。
あの子も学園の生徒なんじゃないか?
ちょうどいい!あの子に案内してもらおう!
「あの!」
近づいて声をかける。
女の子が声に気づいてこちらを向く。
「同じ学校ですよね?ロープウェイってどこかわかりますか?新入生でわかんなくて」
女の子は俺をじっと見つめている。
・・・可愛いな。
クールで少し気の強そうな顔。
髪は金髪で煌めいていて綺麗だ。
でも雰囲気的に少し無愛想でプライドが高そうだ。
いかにもツンツンしてそうな女の子。
「私も探してるんだけど、このままじゃ遅れるわね」
可愛げなく、クールに返される。
すると女の子は急に膝を曲げて軽くしゃがみこんだ。
え?何やってるんだ?
しゃがんだままじっと空を見ている。
その姿はまるで鳥みたいに飛び立とうとしているみたいだ。
ふと気づいたように俺の方をチラッと見た。
そしてしゃがむのをやめて立ち上がった。
ど、どういう状況?
もしかしてこの子、ちょっと変わった子なのか?
「・・・ロープウェイを探しましょう」
女の子は何事もなかったようにスタスタと歩き始めた。
ん?一体何がしたかったんだ?
っていうかこの子も能力者だよな?
やっぱ能力者ってのは変なやつが多いんだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
女の子の後ろをしばらくついて歩くと、
ロープウェイ乗り場という看板を見つけた。
「あ、ここじゃない?」
女の子は俺の声なんて聞こえていないみたいに1人で進んでいく。
看板の奥には受付があって、女の人が立っている。
受付の横には急な坂になっているロープウェイ乗り場があった。
「新入生の方ですか?乗ってください」
受付の人がロープウェイを指差す。
受付の横の斜めの坂を上がり、女の子とロープウェイに乗り込む。
よかった、これで間に合いそうだ。
ロープウェイは古っぽい感じで所々錆び付いていて、
あまり整備されていない気がした。
乗り込んだ瞬間にミシッ、ミシッと軋む音がする。
不安を感じる音だ。
まさか落ちたりしないよな?
狭いロープウェイの中で女の子と対面で座ると、
受付の人がドアを閉め、すぐにロープウェイが動き出した。
ウィーンという機械音を立ててゆっくり進んでいく。
山の上に能力者のための街があるらしいけど、
こんなロープウェイだと幸先が心配になるな。
少し進んだところでロープウェイの先を見ると、
山の木々が広がっているだけでまだまだ降り口は見えなかった。
これは思ったより時間がかかりそうだな。
多分間に合わない、初日から遅刻確定だ。
向き直って座ると、ロープウェイの中に静寂が訪れる。
俺と金髪の女の子の2人きり。
・・・ちょっと気まずいな。
なんかエレベーターに知らない人と乗ってる時と同じ感覚だ。
女の子は俺の目の前で腕と足を組んで目を瞑っている。
話しかけるなよ、という雰囲気をめちゃくちゃ醸し出している。
でもこの子も新入生だよな?
そういえば学園には俺たち高等部の他に小等部と中等部もあるらしい。
金髪の女の子も見た感じ、俺と同じ高等部っぽいけどな。
いいや、考える前に話しかけよう。
「あの、俺は新入生の高1なんだけど同じ?」
俺が質問すると、女の子は腕と足を組んだまま片目だけを薄く開けて俺を見て、
「そうよ」
と、無愛想に答えてすぐに目を閉じた。
この子、可愛いけど全然可愛げないな。
いや、俺は諦めないぞ。
女の子1人と仲良くできないぐらいでは異能学園でやっていけない!
異能学園に入学するんだしこの子も能力者だよな?
どんな能力なの?
そう聞こうと思った時、ロープウェイがガクンと前後に大きく揺れた。
思わず仰け反って転びそうになる。
ロープウェイはそのままグラグラと小さく揺れたあと、止まった。
「え、止まった・・・」
さっきまで順調に進んでいたロープウェイが完全に停止している。
「な、何が起こったんだ!?」
俺が驚いていると金髪の女の子がため息をつく。
「はぁ・・・ちゃんと整備しときなさいよ」
瞬間、ロープウェイのドアがガコンッ!と音を立てて落ちていった。
え、嘘だろ?
「な、なあ・・・これってヤバいんじゃ・・・」
金髪の女の子に焦って話しかける。
「まあ、ヤバいわね」
女の子は何故か冷静に言い放ち、
面倒くさそうに片手で頭を掻いている。
途端、ガンッ!という音が聞こえ、
体がフワッとした感覚に陥る。
まさか落ちてるのか!?
ズンズンと強い重力を感じる。
思うように身動きが取れない。
必死に助かろうと考える。
でも、このまま落ちても死ぬし、なんとか外に出れてもこの高さじゃどうせ無理だ。
俺の能力もこの状況じゃ何の役にも立たない。
まさか、ここで死ぬのか!?
まだ高校生だぞ!?
せっかく今日から楽しい学校生活が始まると思ってたのに・・・
ロープウェイは無慈悲に落ち続ける。
なんか意識が朦朧としてきた。
視界がぼんやりと薄くなる。
あぁ、もうダメだ。
ロープウェイの落下は止まらない。
諦めて目を瞑る。
死んだ、もう助からない。
ロープウェイから落ちるんだ、死ぬに決まってる。
頭に走馬灯のようなものが浮かび上がる。
楽しかった思い出や辛かった思い出。
でも、たったこれだけか。
この先の人生、もっと色んなことがあっただろうな・・・
走馬灯の最後にはロープウェイに一緒に乗った女の子の顔が浮かんだ。
俺の最後の思い出はこの子か・・・
そういえば女の子は大丈夫だろうか。
まあ、女の子もどうせ一緒に死ぬか・・・
いつの間にか考えることもできなくなり、完全に意識が飛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんだかフワフワと空を飛んでいる気がする。
死んだらこんな感覚なんだ。
風も感じる。
体に強い風が当たって寒い。
誰かに抱えられて運ばれている感触もある。
多分、天使によって天国に運ばれているんだろう。
柔らかく、いい匂いに包まれている。
ああ、気持ちいい。
天国に運ばれるまで少し眠ろう。
そう思って運んでくれている存在に体を預けた時、
「ちょっと起きなさいよ!」
すぐ近くで誰か女の子の声が聞こえた。
もしかして天国まで運んでくれる天使が話しかけてくれたのか?
「起きろって言ってんのよ!重いのよ!」
なかなか気の強い天使だな。
まあ、こういう天使も悪くない。
「あーもう!起きろーーー!」
思いっきり耳元で叫ばれる。
「うるせぇ!黙って天国に連れて・・・」
天使に文句を言おうと目を開けると、驚きの光景が飛び込んできた。
俺は空を飛んでいた。
厳密にはさっきの金髪の女の子が空を飛んでいて、
俺は女の子に抱えられていた。
「な、なんだこれ!?」
下は山で木が生い茂っている。
ものすごい高さだ。
向こうに落ちてぺしゃんこになっているロープウェイが見える。
俺たちがさっきまで乗っていたものだ。
体を冷たい空気が包む。
ビュー!と強い風を感じる。
「と、飛んでる!?」
「そうよ!助けてあげたんだから感謝しなさい!」
金髪の女の子の背中からは美しく白い翼が生えていた。
翼はバサッ、バサッと優雅に羽ばたいている。
これ、夢じゃないよな?
「どうなってんだ!?」
「どうなってるって、私の能力で飛んでるのよ!」
この女の子の能力!?
とてつもない高さで、
サーッと体に悪寒が走る。
「ちょっと!降ろしてくれ!」
あまりの高所に怯えてジタバタ暴れる。
「暴れるんじゃないわよ!あんたほんとに落ちるわよ!?」
「ムリムリ!こんな高いとこムリだって!」
「我慢しなさい!男の子でしょ!?」
俺の抵抗は通じず、
女の子は一向に降ろしてくれる気配はない。
「ほら、街が見えてきたわよ!」
顔を上げるとそこには大きな街が広がっていた。
山の上に街があり、遠くにショッピングモールや飲食店が見える。
奥の方には学校らしき建物も見える。
あれが国立異能学園か?
「時間がないから急ぐわよ」
女の子はそう言うと、
白い翼をより一層大きくはためかせた。
すると一気にスピードが上がり、
先ほどよりも強い風を感じた。
「あぁぁぁぁ!」
「うるさい!」
一喝される。
でも金髪の女の子なんて気にしてられなかった。
あまりの勢いに目を瞑ってしまう。
女の子にぎゅーっと抱きついて必死に耐える。
抱きつき続けて女の子に身をまかせる。
すると、トンッと地上に足が着く感覚がした。
さっきまでの強い風を感じなくなった。
もしかして着いたのか?
「いつまでくっついてんのよ!離れなさい!」
金髪の女の子に頰をグーッと押されて無理矢理剥がされる。
「つ、ついたのか・・・」
目の前には学校の校門があった。
入学式、と大きな看板がある。
「まったく・・・初日から最悪のスタートね」
女の子はそう言うと、
俺を置いてスタスタと歩いていく。
俺も後を追って歩こうとしたが、
力が入らなくてヨロヨロとその場に座り込む。
「お、お前は何者なんだよ!」
女の子を呼び止めて声をかける。
「何者って・・・」
女の子が振り向く。
その動きに合わせて綺麗な長い金髪がフワッとなびく。
表情は凛としていて力強いオーラに満ち溢れていた。
「あなたと同じ ”能力者” よ」
金髪の女の子はそう言うと学校の中へ入っていった。
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