第39話 白いポピーに包まれて8 sideS

 「よぉ、最近店に来ねぇじゃん。」




 少なくとも週に1度は必ず店に訪れていた彼女が2週間程来ていなかったのは、事実だった。淡い春らしい色合いのワンピースを着た彼女は、触れると壊れてしまいそうなほどに弱弱しく見えた。




 「昴君……実はさ、伝えないといけないことがあったんだけど、怖くて。でも、まさか、昴君から来てくれるなんて思ってもいなかった。」




 その言葉を聞き、昴は、まさか、と思う。もしかすると、彼女は、翼の行方を知っているのかもしれない。期待が脳内を過る。




 「それって……。」




 昴は、次に麗が発するであろう麗の言葉を我慢強く待つ。




 「私さ、しばらく前にしつこく言い寄ってくる男がいるって話したじゃん。そいつさ、長い階段から転げ落ちて、入院してるんだって。意識はあるみたいだけど、元の生活に戻れるかわかんないって。わざわざ私に教えてくれたのよね、その仲間の1人が。気の毒には思ったけど、正直バチが当たったとしか、思えない。」




 「へぇ、まぁお前もそれなら良かったんじゃねぇの。気分は良くはないだろうが。それで、その話のどこに怖い要素があるんだ?」


 


 「その話にはさ、裏があってさ。実は、その男、天音ちゃんのことも付け狙ってたみたいなの。本当に、ごめん。引き寄せたのは、全部私が悪いの。天音ちゃんにも直接会って謝りたいよ。」




 麗はにわかに信じられないことを言うが、先日のポストに入っていたメッセージは、麗に付きまとっていた男が書いたものであると合点がいった。




 「どうして、お前のストーカーが天音を狙う必要があるんだ?お前が仕向けたのか。」


 


 冷静になれず、つい彼女を責めるような口調になる。




 「違う。でも、まさか、こんなことになるなんて。余計なことを言わなければよかった。」




 そう言った後、麗は、事の詳細を話始める。








 彼女を付きまとっていた男・ダイキは、麗に狂気的な好意を抱いていたそうだ。そのことは、麗もダイキが事故に合ってから知ったことだった。


 最初は、たまたまバーで会えば話す、そんな程度の関係だったそうだ。好みの女と酒が飲める、ダイキは、それで満たされていたようだったが、欲深くもそれ以上の関係を求めてしまったようだ。一向に進展しない関係に痺れを切らし、強行突破しようと麗に何度も言い寄った。積み重ねが、執着に繋がっていったようだった。そこで、麗は酔っていたこともあり、名前を出してしまったのだ、翼と天音の名を。




 『私は、翼君みたいな人が好みなの。でも、翼君には、天音ちゃんっていう可愛い女の子がいる。私はね、あんたにかまけている暇なんてないの。天音ちゃんに負けないくらい、女を磨く必要があるの、いい加減にしてくれない?』 




 麗の言葉を正確に理解できなかったのか、ダイキは、名前が挙がった翼と天音を恨むようになった。


 しかし、その頃、翼は、置手紙をして、出て行ったばかりだった。ダイキは、翼の弟である昴の跡をつけたりし、天音を必死に探した。最初こそ、天音の顔などわからなかったが、ダイキの執念は凄まじかった。休みの日、ついに昴と家の近くを歩いていた天音を見かけ、顔を脳内に焼き付けた。あの女こそが、リサが振り向かない元凶なのだと。


 無防備な天音を狙うのは容易だった。天音の容姿からして、学生であろうと容易に想像できたのだろう。平日の夕刻から夜にかけ、ひたすら周辺で天音を待つだけだった。


 ダイキの本来の目的は未遂に終わった後は、ずっと凛太朗が横にいたので、手を出すことはできずにいた。そして、ダイキが階段から落とされる数十分前、昴や天音の住むマンションに寄ったのには、それなりの理由があった。ダイキは、マンションがオートロックで入れないことを知っていた。天音に近づくことが難し中、どうやって恐怖を与えるのかを考えた結果、手紙を出すことにした。


 マンションの郵便ポストには、苗字の札が入っているので、どの部屋に住んでいるのは知るのは容易だった。ダイキは、天音宛のメッセージをポストへ入れると、そのまま天音を待つことなく立ち去ったそうだ。

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