第27話 運命の悪戯11

 天音にとって“決断”しなければならないと感じたのは、歴とした理由があった。それは、凛太朗と公園へ行く数日前の出来事だった。






 3限目の授業が自習になり、各自が与えられた日本史の課題を行っていた時だった。自主時間となってすぐに担任教師が天音を進路指導室へ来るように促した。高校2年生になった時に、進路希望の用紙に不備が見つかったからか、天音がそこに呼び出される要因を挙げるとするならば、それだけしか思い浮かばなかった。担任に連れられ、進路指導室に入室すると、柔和な顔をした校長がソファに腰かけ待っていた。




 「おはようございます。」




 そう言い、天音が一礼すると、校長は、立ち上がる。




 「おはようございます。水瀬さん。急にすみませんねぇ。まぁ、座ってください。」




 天音は、校長の正面になるように座る。担任教師は、遠慮がちに校長の横に腰掛ける。まず話を切りだしたのは、担任教師だった。




 「実は、水瀬さんには、スイス留学に行ってもらいたいと思っています。留学の枠に欠員が出ているんです。毎年、こんなことはないのですが、全ての枠を埋めて欲しいというのが留学先の学校の意向でね。そこで、ご両親がスイスにいる水瀬さんが1番適任だということになりました。あなたの成績なら特待生枠を使用できますし。行って損はないはずですが、どうですか。」




 「私がですか。他にも優秀な生徒はいるはずです。その子たちに回してあげても……」




 天音が、やんわりと断ろうとすると横で見ていた校長が紙を見つめながら答える。




 「もっと自信を持ってください。水瀬さんの今までの経歴、成績を拝見させていただきました。あなたは、公立中学からの編入組であるにも関わらず、エスカレーター組に肩を並べる実力の持ち主です。その証に、高校2年のクラス替えでは、上位クラスになっている。それが何よりの証拠です。やはり、小学生の頃に我が校の初等部に通っているだけのことはある。あなたの弟さんは、ご両親がスイスに行くのと同時に特別留学として一緒に旅立っていますね。そんなことができる者は、ごく僅かです。この機会に検討してください。返事は、なるべく早くお願いします。ご両親にも、あなたに打診してあることは、連絡済みですので安心してください。」




 「……わかりました。また言います。」








 進路指導室を後にした。天音は、最初こそ留学を免れようとしたが、最後は、はっきりと断れなかったことにショックを受けていた。あれほど日本で生活していたい気持ちが強かったのに、教師に言われただけで断ることができなかったのは、どうしてであろうか。


 この心境の変化には、きっと凛太朗や翼、昴が関係しているとしか思えなかった。天音の心は高校生になり、知らず知らずのうちに満たされ、削られを繰り返し、疲弊していた。


 選ばれることは、喜ばしいことで名誉であるはずなのに、天音は全くそうは思えず、1日を重々しい気持ちで過ごすこととなった。


 帰宅し、昴の帰りを待つ。あまりにも遅い日は先に寝ることもほとんどだが、その日は、必ずこのことを伝えたかったので、多少無理をしても会おうと思っていた。昴の帰ってきた時刻は、午後10時を過ぎたばかりだった。




 「おかえり。今日は、早いね。」




 「あぁ。今日は、客が少なかったから早く上がらせてもらった。テストも近いしな。」




 そう言い、部屋に戻ろうとする昴を慌てて止める。




 「待って、今ちょっといい?話したいことがあるの。」




 「何だ?」




 改めて言うと、昴は、動きを止め、眉間に皺を寄せながらも、リビングのソファに腰掛ける。




 「実はさ、今日、先生に、スイス留学をしないかって言われたの。私としては、日本に残りたいから断ろうとー」




 「いいんじゃないか、スイス。家族がいるんだろ。」




 天音の言葉を遮り、昴が言う。


 


 「え。昴、いいの?」


 


 「お前の人生だろ。お前の有意義になる方に進むべきだと俺は思う。翼だと、どう言うと思う。」


 


 翼なら、どう言うだろうか。はっきりと提案してくれるのではないか、つまりは、行く方が良いというのではないか。行方知れずになっている翼のことを想い、天音は考える。


 


 「翼なら……同じことを言ったのかな、昴と。」


 


 「まぁ、今はいねぇからわかんねぇけど。まだ時間はあるんだろ、考えろよ。両親にも相談しねぇとだしな。」


 


 昴は、至ってシンプルに天音の留学についての相談へ返答し、自室へと戻る。天音の両親はと言うと、天音がスイスに留学するのは大歓迎だ、とのことだった。それもそうだ、家族は天音を日本へ置いたままにするのは、不安で仕方がなかったのだから。あとは、日本に残る1番の理由であった凛太朗に尋ねるだけだった。


 

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