第25話 運命の悪戯9 sideR

 それとの出会いは唐突だった。天音から不審者に押し倒されたことを聞いてから、凛太朗は、彼女の送迎を欠かすことなくしていた。


 その日は、いつも通り彼女を送った後、駅の近くにある大型書店に寄ろうか、コンビニで飲み物を買うついでに、欲しい雑誌だけを購入しようかと迷っていた。その結果、後者を選んだことが、最大の分岐点になった。


 凛太朗が向かったコンビニは、学校から天音の家へと通じる道の間にあった。交差点の角にあるそのコンビニは、周囲の学校に通う学生たちも利用していた。道を渡り、コンビニに入店しようとすると1人の若い男が出てきたところだった。凛太朗の横を通過する。その瞬間、男の残り香が鼻孔から入り、凛太朗の記憶を強制的に、そして鮮明に呼び覚ます。


 先日、天音の言っていた“人工甘味料がいっぱいのお菓子”というのは、ショッキングピンクの色をしたキャンディーのことで、それは彼女の兄が海外土産として、彼女に渡したものだった。見た目こそ女の子が喜びそうな可愛らしいものであったが、味は、日本の食料では感じたことのないほど、味覚が麻痺するほどにしつこいものだった。


 そして、最大の特徴は、人為的に作られた、纏わりつくような甘ったるい香りだった。2人して、そのキャンディーを「一生忘れない程の強烈な味」と評していたにも関わらず、天音に聞いたあの時は、凛太朗は、このことを忘れていた。しかし、男とすれ違ったことで、天音と記憶の共有ができた。


 凛太朗は、すぐに店内の窓際の書籍コーナーに向かった。目的の雑誌のことなど、とうに忘れていた。男がどこに行くのか確かめるためだ。確かめて何になるのか、そこまで考えるほど余裕はなかった。しかし、天音に危害を加えたであろう男がどんな人物なのか、確認する必要があった。


 男は、店外に設置された喫煙所で煙草を吸いながら、スマートフォンを操作していた。2本目に火をつけると、次は、電話をし始めた。最後まで吸い終わらないうちに、男は、灰皿に煙草を押し付け、そのまま歩き始めた。凛太朗は、何も買わず、一定の距離を保ち、その男を追う。


 男が向かう先には、天音の住まうマンションがあった。マンションが見え始めたところで、男は明らかに周囲を気にしている素振りを見せた。凛太朗の方を1度、振り返ったものの、興味がなさそうにすぐに前方に視線を向けた。しかし、女子生徒の集団が通りかかると、それが中学生であろうと凝視していた。男は、女子学生を探しているのか、狙いは、天音ではなかったのではないか、そう思えるほどだった。そのまま男は、天音のマンションのエントランスに向かうのが見えた。もしかして、住民だったのだろうか、犯人であると思ったのは、凛太朗の思い違いだっただろうか、そう思った矢先、すぐに出てきた。中に入れないことが、わかったからであろうか。そして、男はゆっくりとマンションを見上げると、元来た方向に戻らず、そのままマンションを通り過ぎた。男のこれまでの行動は、凛太朗の目には不審に思った。女子学生を狙っているのなら、別にこの地域でなくてもかまわないのではないか、あえて、この周辺で探す素振りをするのは、襲った天音を狙っているように思う他なかった。しかし、天音のことを知っているならば中学生の集団を凝視する理由は、見当がつかなかった。マンションに足を踏み入れたものの、すぐに出てきたことも理解はできなかった。


 凛太朗は、悶々とした気持ちで男の後ろ姿を見つめ続ける。


 男は、身長が高そうに見えるが、猫背であるため凛太朗と視線が同じくらいであるように見えた。歩き方は、蟹股気味で、靴底の外側部分が歪に減っていた。ずっと一緒の方向に歩き続ける凛太朗を1度見た切りで、気にも留めなかった上、全く警戒心を抱いていないようだった。凛太朗は、電話を続けている男が一体何をそこまで夢中になり話し続けることがあるのだろうか気になり、距離を詰めた。




 『そうだろ、俺は、一途だ。だからな、あいつも忘れられないし、こいつも忘れられない。ああ、今日も会えなかった。女の所に通うなんて、いつの時代の恋愛だよ。柄じゃねぇよな。でも、ちゃんとプレゼントは用意している。』




 饒舌に話し続ける内容は、複数の相手に恋心を抱いているのか、と思えた。




 『言ったら面白くねぇだろ。はぁ、押し倒すのは、路上じゃなくて、ベッドの上が良かったよなぁ。……え、未遂だよ。邪魔が入ったんだよ。そのまま逃げられた。まぁ、でも、それだけじゃあ、俺は動じねぇよ。』




 男は、そう言いケラケラと笑う。凛太朗は、男の話しているのは、天音のことだと確信する。男を前にし、天音とは正反対にすごしているその姿に、怒りがふつふつと湧き上がる。




 “許せない”それ以外の感想は、凛太朗にはなかった。




 男は、長い下りの階段へと向かっていた。そこを降りると、凛太朗が普段利用する路線とは別の駅があった。おそらく電車に乗ろうとしているのだろう。そして、男は赤々とした夕焼けと共に消えていった。

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