第22話 運命の悪戯6

 翌朝、天音は重い足取りで、登校する。夜もあまり寝付けず、朝起きてからずっと翼のことで頭がいっぱいだった。昨日の雨は嘘のように上がり、空には青空が広がっているのに、天音の気分は晴れなかった。


 駅前までくると既に凛太朗は、天音の到着を待っていた。




 「おはよう、凜ちゃん。ごめん、待ったよね。」




 「うん少し。何、珍しく寝坊?」




 「ううん、朝はちゃんと起きれたよ。ただ、あまり眠れなくて……。」




 そう言って言葉を切ると、凛太朗は静かに言った。




 「もしかして、あの双子が原因?」




 天音は、頷く。凛太朗は、その様子を見て、眉をひそめる。




 「実は、翼が、いなくなっちゃった。手紙を残して。しばらく家を空けるって。私のせいかもしれない。どこに行っちゃったんだと思う?」




 凛太朗は、想像していなかった展開に内心驚くも、率直に意見する。




 「その人ってさ、大学生だよな。僕は、心配いらないと思うけど。世の中には、1人で生活を始めても不思議じゃないし。ちゃんと置手紙があったんだろ。天音さんは、自分のせいなんて言っているけど、僕は天音さんを見てて、人に悪影響を与えないこと知ってるし、自分探しに行くとかそんなところでしょ……待っててあげなよ。」




 その一言を添えられるだけの余裕はあった。




 「でも、何も言わず急にだよ。相談してくれても良かったのに。」




 「言うと止められるって、わかってたんじゃないの。」




 凛太朗は、翼が出て行ったことに肯定的だった。




 「凜ちゃんは、翼と一緒にいないから、そんな他人事なんだね。」




 つい焦りから、そんな心無い言葉を投げてしまう。しかし、それは凛太朗も一緒だった。




 「そんなもんだろ。天音さんは、赤の他人にそこまで心配できるの?僕は、できない。」




 そう言い放たれると、天音は、何も言えなかった。それから沈黙が続いたまま、教室に到着し、互いに席に着く。






 その日の放課後、天音は、いつも通りに教室で勉強する気分にもならなかった。しかし、お互いに朝のやり取りを意識して避けるのは、今までの経験上、やってはいけないと、暗黙の了解であるかのように、他のクラスメイトが残る中、2人もそっと紛れるように参考書を開いて過ごした。2人の様子がおかしいのは、周りの者には一目瞭然だったようで、残っていた仲の良い女子―――恵めぐみがそっと背後から近づき、「庵原君と何かあった?」と耳打ちしてくる。天音は、曖昧に肯定をした。「たまにあることだから。」そう言うと、興味が削がれたように「ふぅん。」と言い、再び恵は机に向かう。きっといろいろな事情が気になったのだろう。女子はいくつになっても噂が好きなのだ。


 普段なら天音から帰ることを伝えるのに今日に限っては、朝のことが頭にあり、なかなかそれを言い出せずにいたのでいつもよりも遅い時刻に帰路につく。天音も凛太朗も今朝の話題には触れず、他愛のない会話―――ほとんどが学校であったことや授業について―――をした。お互いに気まずい思いをしたくないのが目に見えていた。








 凛太朗と駅で別れると、ほっとした気分になった。話せるようにはなったものの、やはり朝のやり取りが引っかかるのだ。誰と話しても解決しないのはわかってはいるが、誰かにこの気持ちを知ってもらいたかった。唯一、こんな話をしても許される凛太朗に、事を軽く見られた気がして、辛かった。人通りのない道を悶々とした気持ちで歩く。こんなにも悩んだことはかつてあっただろうかと、天音は1人考える。


 街灯だけの道に差し掛かった時、天音は、ふと背後が気になった。先ほどから同じような速度でずっと足音が付いてくるのだ。これが昴や翼ならきっと笑って驚かされるのだろう。じゃあ、もしそれが違えばどうだろうか。焦りからか速足になる。それに背後から追う相手も気づいたようで同じように早める。明らかに天音を追っていた。マンションが視線に入ったところで走り始める。あそこまで行けば大丈夫、そう言い聞かせる。しかし、そう事は上手く運ばれなかった。背後から追ってくる人物に持っていたスクールバッグを掴まれる。後ろに倒れそうになるのを天音は、耐える。甘い香りと煙草が混じったような印象的な匂いがする。掴まれたバッグを無理矢理振り払い、再び、逃げようとすると、今度は、背中を押される。不意のことで、勢いよく倒れ込む。まずい、そう思った矢先、複数人の声が前方の角から聞こえる。話し方からして、学生の集団だろう。追ってきた人物は、それに気付くとどこかへ走り去ってしまった。倒れ込んだ天音は、なかなか立ち上がることができなかった。




 「大丈夫ですか。」




 倒れ込んでる天音に気付いた少年の1人が駆け寄ってくる。見た目からして、中学生らしかった。




 「ありがとう。大丈夫です。」




 あなたたちのおかげでもっとひどい目に合わずに済みました、と付け加えたかったほどだ。


 帰宅してから、足を見てみると、両膝に血が滲んでいた。肘はジャケットに守られたからか、赤くなるだけで済んでいた。不幸中の幸いというものだった。こんな膝を他人に見せるわけにもいかなかったので、先日片付けたばかりの冬用の丈の長いスカートをクローゼットから引っ張り出した。これで両膝は隠せるだろう。制服の移行期間内でよかったと改めて思うのだった。

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