お喚ばれ商人は、異世界を気まぐれに物語る。

ぞのじ

1人ぽつんと異世界。護屋 秋雨37歳の晩夏。

此処は...何処でしょう?

「きゃあっ!?」

「ま、眩しい!」

「うわぁああ!?」

「くっ!みんな!頭を下げて近くの物に掴まれ!」


 高速道路を走行中の一台のバスの車内に突如として現れた眩い光を放つ見知らぬ文字や紋様の入り混じった羅列が、乗っていた乗客達の視界を蹂躙していく。


 修学旅行の為に貸し切られたそのバスには、某テーマパークに向かう途中の高校生28名と教師1名、バスガイドは昨今の流行病対策を理由に不在で、最後に運転手1名を合わせた30名が乗車しており、運転手の男は2年前まで幾度となく聞いていたバスガイドのアナウンス代わりに、学生達の燥ぐ大声と嗜める教師の聞き取り難い声をBGMに聴き流しながら、予定通り運行していた。


 運転中に背後で起きた突然の発光と悲鳴に、運転手は慌ててハザードランプを点滅させると、徐々に速度を下げハンドルを切り路肩に緊急停車する。

 安全を確保してから見渡した車内には、先程までそこに居た筈の騒がしい乗客達が見当たらない、がらんとした車内には持ち主だけがいなくなった荷物達が彼方此方に残されており、先程迄の喧騒が嘘のような有り様。


 バス運転手の通報を受けた地元警察や救急隊が到着すると直ぐに行方不明となった乗客29名の捜査が開始され、車内や付近一帯、ドライブレコーダーや監視カメラ等が調査されたものの、事件の解明に繋がる有力な手掛かりを得る事は叶わなかったという。

 この集団失踪事件をマスコミ各社は挙って取り上げ、連日ニュースで報道されたが行方不明の29名の発見に至る事は無く、ネット上では集団神隠し、某国による集団拉致、異世界転移などと様々な憶測が飛び交っており、事件から1ヶ月経った今でも日本中を騒がせている。



 日本中を大騒ぎさせた件の29名はというと...


「きゃあ!!」

「うわぁ!?」

「イッテェ!」

「ギャッ!?」


 ついさっきまで貸切バスで修学旅行先の某テーマパークに向かっていた高校生と教師29名は、眩い光からようやく回復できた視覚で最初に捉えた、薄暗い空間の奥にある蝋燭により照らされた石の壁に映し出される炎の揺らぎと共にゆらゆらと蠢く気味悪い影によって、修学旅行を楽しみにしていた気持ちに冷や水を浴びせられた。

 何らかの儀式が行われていた事を連想させるような広間の床いっぱいに描かれている見知らぬ文字と紋様で象られた大きな円状の模様の上で、尻もちをついている状態の29名。

 床に広がる巨大な模様の周りには、それまでは気付けなかったローブを身に纏った集団と、豪華なドレスで着飾った、まるでお伽噺の中のお姫様みたいに綺麗な高校生くらいの女の子が学生達と教師を見定めるかの様な視線を向けていたようで、


「成功だ!」

「やはり、この召喚魔法陣は正しかった」

「これでやっと...!」


 ローブ姿の者達が学生達を喚び出した儀式の成功に歓喜している事を29名全員が

 騒ついた様子はお互い様で学生達も意味の分からない現象や現状を少しずつ理解し始めると騒ぎ出し、中には泣き出す者も現れ場は混沌と化する。

 だが、そんな騒々しさもお姫様らしき女の子が一歩前へ進む事で、嘘のように静寂へと変化した。女の子は床に膝をつき、まるで祈りを捧げるシスターのような姿勢となり鈴を転がすような声ではっきりと告げる。


「どうか、邪神の魔の手からこの世界をお救い下さい。異世界の勇者様方!」


 斯くして修学旅行の道中だった高校生28名と教師1名は、リアルファンタジーな世界で夢と感動、友情の物語を紡ぎ始めるのであった.......。





.......同刻、王都より300km以上離れたガルトラム辺境伯の治める都市〈ガルト〉近郊の牧場に1人の男が突如姿を現す。その男は見慣れない格好で片方の手に持つ薄い板に指を這わせて何かを確認するように薄い板をジッと見ていた。暫くすると顔を上げて困った様子で呟く。


「ここは何処でしょうかねぇ?」


 護屋もりや 秋雨あきさめ 実年齢37歳、外見年齢27歳。職業は会社員。


 仕事の関係で某テーマパークへと赴き、無事に仕事を終えて近くのホテルで一泊した翌日の出張の帰り。

 普段は新幹線で帰るのだが、会社の総務部のお局様から『どうせ帰って来たら休みでしょ』と、期限切れ間近の高速バスの片道分のチケットを渡されてしまった為に乗るしかなかったバスの車内で、

 偶々見えた日本一の山を何気なくスマホで撮影していた時にすれ違った反対車線のバスが映り込んだその瞬間、

 眩い光を放つ何かをスマホ越しに見てしまった秋雨は、気が付くと先程までとは全く違う見知らぬ場所に立っていた。

 辺りは牧場の敷地内のようで、生き物に囲まれながら、今度は溜め息混じりに呟く。


「本当に、ここは何処のでしょうかねぇ。」







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