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それから少しして、迎えに来た
聴取をしたのは、壱登と、彼の上司でもある
たま子は未成年であることや、街や山に火をつけた訳でもなく、野間の支配の元で指示を受けて動き、更に山では野間の人質となっていた。きっと、志乃歩が丁寧に事情を説明してくれたのだろう。逆に、身寄りも無く自由の無かったたま子に心を傷めてくれているようで、二人は親身になって話を聞いてくれた。
それだけでなく、
「君は、本当に志乃歩さんの家に帰らないの?」
壱登の言葉に、たま子は頷いた。壱登は少し思案した様子だったが、たま子の判断を受け入れた。
それからたま子は、兄弟として育った仲間達の元へ、新たな孤児院へと向かった。
たま子にとっては成人するまでの短い間だが、それまではこの施設が、たま子の新たな帰る場所だ。
古い建物だが、当然、野間と過ごしたあのアパートとは全く違う。職員達も温かな人ばかりで、孤児院の子供達も伸び伸びと過ごしており、その中で、たま子の兄弟達も、毎日楽しそうに過ごしていた。これからは、普通の子供と同じように、遊んで、学んで、夢を持って生きていける。
良かった、そう思って見上げる空が果てしなく遠い事に気付き、たま子は戸惑い、顔を伏せた。
自由である筈なのに、どこへ行けば良いのか分からない。
自由というのは、こんなにも人を不安にさせるのか。そう思い、縋るように思い浮かべた人々の顔に、たま子ははっとしてその思いを打ち消した。
そんな風に、将来の不安や葛藤を胸に日々を過ごしていたある日、たま子はとある公園に来ていた。住宅街の中にある、どこにでもあるような小さな公園だ。平日の午前中という事もあり、公園に人影はなく、たま子は少年の背中を追いかけ、隣のブランコに腰かけた。
「チビ達、皆ちゃんとした所に保護して貰えて良かったな」
小さくブランコを揺らして少年が言う、透明な化想を被っていた、あの術師の少年だ。彼は
颯とは共に育った兄弟の中で、一番付き合いが長く、歳も一つしか変わらない。たま子にとっては弟のような存在でありながら、共に血の繋がらない下の子供達を守ってきた、大事な家族だ。
あの日、
野間が捕まり、狭いアパートに居た子供達はすぐに警察に保護されたが、颯だけは野間同様に阿木之亥家に連れられた。颯も未成年、野間の支配下にあったとはいえ、化想を操り街に火を放ち、騒動を起こした実行犯でもあったからだ。例え、野間と違い意識の通わない炎しか作れなくても、人々の混乱を引き起こし、化想を知らしめる脅威に晒したと、その点を処罰の対象とされた。
例えそれが子供だとしても、化想操術師には術師のルールがある。たま子と颯は過去にも術師相手に化想を放っているが、それは術師に対してのみであり、野間の指示、支配下によるもの。それに対しては罰の対象にはならなかったようだ。
なので颯が罰を受けるのは今回の件のみ、たま子とは異なる処分となったようだ。
野間は暫くの間、阿木乃亥家にある化想対策の施された牢で面会謝絶の状態だが、颯は、化想対策こそ施されていたが、通されたのは普通の客間だった。そこは、颯の境遇や年齢が考慮されたのかもしれないし、
颯が術師として安全だと確認が出来るまで、監視はつけられていたが、その生活に颯が窮屈を覚える事はなかった。今までが狭いアパートで恐怖と隣り合わせの生活だったのだ、自由に動けない位で不便に思う事はなかった。
そして今日、颯はその監視からも解放された。
それを教えてくれたのは、壱登だ。壱登の計らいにより、たま子はこうして久しぶりに颯と会う事が出来た。
たま子は一人で来ていたが、颯は
「颯は、これからどうするの?」
自由を奪われたあの狭いアパートも引き払われた。兄弟達の暮らす新しい施設に、颯の名前は無かったので、気になっていた。
「俺は、このまま阿木之亥の家に残ろうと思ってる」
「え、」と、たま子は思わず言葉を失った。それに対し、颯は肩を竦めて笑った。
「俺は阿木之亥に対して、別に恨みなんかないし、それにもう十五だ、家族の引き取り手もいないだろ。働くにも勉強してこなかったし、結局俺には化想操術しかない」
「…でも、」
「秀斗さんって知ってる?」
「…うん。阿木之亥家の次期当主でしょ?」
「そう、声掛けられたんだ。あの人の側なら酷い扱いもないし、仕事もくれる。勉強もさせてくれるんだって。聞いたら、孤児院から追い出された子供達のフォローしてるのも、秀斗さんらしい。秘密にって言われてるけど」
「…颯は、それで幸せになれる?」
「さぁ…。でも、先生の所よりは幸せじゃないか?この先、絶対の幸せなんかなくても、あのアパートに居るよりは、多分幸せだ」
どこか吹っ切れた様子の颯に、たま子は思わず黙り込んだ。
実際、阿木之亥の家が颯を満場一致で受け入れたかどうかは怪しいものだった。
俊哉を共に行かせたのは、颯に何らかの危害が加わらないように保護する為だろう。颯は野間に言われるがまま動いただけだが、それでも颯を危険視する術師はいる筈だ。その颯を再び阿木乃亥の下で、それも次期当主の側で預かるというのだ、批判は上がるだろう。
それでも、秀斗は颯を預かると決めた。批判を受けるのを分かった上で、秀斗の元に残ると決めたのは、颯だ。秀斗が信じられる大人だと、信じたいと自分で思えたからだ。
決められた道ではない、同じ化想を扱う仕事だとしても、これは颯が初めて決めた未来。たま子はその決定が出来る颯が羨ましかった。
「お前は?九頭見の家か?」
「…来て良いって言ってくれたけど…」
「家族って言ってたじゃん。そうじゃなきゃ、俺と一緒に来る?」
前を向く颯に、たま子は少し躊躇い顔を伏せた。
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