第22話 顔みれば「シニア二枚」が効く寄席に免許証まで添えるは野暮なり

 平成だったころの話。


 妻を誘って、何年振りかの上京。

 グリーン車を奮発し、フルムーン旅行のコマーシャルを思い出す。


 東京は雨だった。

 濡れないように、新宿三丁目駅まで地下鉄を利用し、伊勢丹デパ地下で弁当を買ってから地上へ出た。


 末廣亭の前は、既に高齢者の行列。

 窓口で「シニア二枚」と、前の夫婦に倣って叫んだら、おつりが600円もきた。

 年齢確認に準備した免許証は不要だった。

 顔パスとは、嬉しいような寂しいような…。


 弁当を食べ終わり、開演まで間があったので、黄ばんだスタンプカードを財布から取り出した。

「スタンプ10個で、一か月間有効の招待券と末廣亭の手ぬぐいを差し上げます。無期限有効」と書いてある。


 前回の日付印は、一昔も前の平成16年4月24日。

 国立国際医療センターに勤務していた頃だ。


 戸山官舎から、散歩がてら新宿へ向かう。


 寄席に入る前、(通ぶって)寿司をつまみながら一杯やって景気づけ。

 ぶらり一人寄席を楽しんだ分だけ、私のスタンプ数は妻より多い。


 14年ぶりの末廣亭。

 観客席も売店も古いままだが、芸人はずいぶん変わった。

 それでも、昔のように思いっきり笑えた。

 客が笑うことで、芸人も喜び、話が更に面白くなるはず。


 昔から「笑う門には福来る」と言う。

 欧米にも似たようなものがある。

「人は幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ」と。


 もう少し具体的に、医学的視点から、「笑う」ということを考えてみよう。

 笑いの効果として、ストレスホルモンを下げること、自律神経を整えることなど、健康にプラスの面が報告されている。


 さらに、脳の血流量増加も実証されている。

 リハビリテーションを兼ねて、病院寄席を観た22名の脳疾患患者が対象。

 落語が面白くて笑った人は血流量が増え、笑わなかった人の血流量は増えなかったそうだ。


 日本笑いヨガ協会では、「笑いでボケ予防も目指している」と言う。

 作り笑いでも同じ効果があるそうだから、驚く。

 笑えなかったら、笑うふりをすれば良いということだろう。

 口角を上げるだけでも、笑うことになるらしい。


 末廣亭で大笑いし、脳血流量は増加したはず。


 帰りの地下鉄で、妻は思い出し笑い。

「あんなに笑った貴方、久しぶりに見たわ」

「…」と私は苦笑い。

 まだまだ、笑いの修行は足りないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る