第31話 ジャパニーズはぁはぁガール
日本寺妙法寺から5分くらいのところにまた露天ストリートが現れた。何人もの登山客が腰かけて温かいブラックティー(紅茶)をうまそうに啜っている。
「ジャパニーズマダム!ジャパニーズマダム!」
聞き覚えのある声がして、後ろを振り向くと、昨日バスの中で盛り上がった
おっさんがブランケットにくるまって立っていた。露店の店主だったのか。
「ジャパニーズマダム、ブラックティ!」
と手招きする。一服するか、とおっさんの方へ向かおうとするも、ちょっと待てよ、と足が止まる。昨日このおっさんを中心とする集団と車内で盛り上がり、ホテルの場所や自分の旅の話などしていたから、昨晩変な男性がやる気のないフルーツ盛を持って部屋の前に現れたのではないか。ペラペラ喋った私が一番悪いのだが、あの変なおじさんを斡旋したのは、和の中心にいたこのおっさんではないか、と思えてきたのだ。
「ごめんなさい、先を急ぐので。」
と頭を下げ、登山道へ戻った。
露店ストリートはしばらく続いた。結構勧誘も受けた。露店はコーヒー、紅茶、ジュース、お菓子、軽食を提供しており、頂上に近づくに比例して値段もつり上がっていくシステムだ。
3分の1ちょっとかなと思う箇所に、広めの休憩所があった。ここでちょっと休憩を取ることにした。リュックに詰め込んできたフルーツを食べて水分を取る。ただ雨風がしのげる程度の休憩所ではあったが、仮眠を取っている人も何人かおり、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
オレンジを食べながら登山道に視線を移す。この休憩所あたりから階段の勾配きつくなってきているようで、登山客の表情が一様に険しくなってきている。
子供連れの方は子供が眠くなるところなので、お母さんが荷物を持ち、お父さんが子供を背負って登っていた。巡礼地だから登るのであり、きっと登る意味があるのだろうけど、幼子を連れての登山はよした方がいいんじゃないかな、とお母さんの決死の形相を見て一瞬よぎった。
あと3分の2弱の道のり。時刻は3時40分を回ったところだ。日の出まで3時間を切っている。私は重い腰を上げた。
ただひたすら自分を励ましながら階段を登って行く。途中、登山口付近で、ハイペースで登っていた欧米人旅行者たちとすれ違う。やはりスタミナが切れてしまったのか、道端でうつむいていた。
残り3分の1くらいに差し掛かったところから階段もさらに急になってきた。手すりに掴まりながら必死に階段を登っていたのだが、休憩した場所からちょうど1時間半ほど経過したとき、ようやくイデイカトウパーナ(針の斜面)に到着した。ここでは敬虔な巡礼者たちが参道の手すり等に白い糸の片方を結び,途中に薬やお香等の入った袋にその糸を通し,もう一方の糸を持って山頂方面へ糸を張っていた。釈迦が昔、このあたりで立ち止まり、破れた衣をつくろった伝説から、このような習わしが生まれたのだと言う。
しかしそんな余裕ない。ともかく辛い。巡礼者たちの邪魔をしないように気を付けながら、手すりに縋るように掴まり、ゆっくり登って行く。
すると、突然神の手が現れた。
非常に顔面偏差値の高い兄ちゃんが私のリュックと腰を支えて一緒に登ってきたのだ。
「ハァハァガール、ファイト!」
この長い針の斜面を一緒に登ってくれているのはありがたいのだが、何ぶんお兄さん足が軽くて、上るスピードがやたら早い。付いていくのがやっとで、正直迷惑である。何段くらい上がったのか。少し広くなった踊り場に到着し、
「がんばってね、あと1時間ぐらいで到着できると思うよ!」
といって颯爽と階段を風のように下って行った。彼はオランダの学生だと道中話していた。それ以外も何かしら話していたのだが、彼の話に全く意識が向かなかった。ともかく足を合わせるのにいっぱいいっぱいで、話が頭に入ってこなかった。疲れすぎて、踊り場で座り込んでいると、
「頑張れ日本!」
「頑張れ日本!」
とよく声をかけられた。私って、一目瞭然で日本人と分かる顔立ちをしているのか。 確かにこの日、日本人らしき人は他に見かけなかった。
少しずつ、太陽が起き始めてきた。
何とかご来光に間に合わないと!でも体が‥‥。足が…
自分との戦い。ここでご来光見る?何とかてっぺんまで行く?
「ジャパニーズはぁはぁガール、ファイト!」
突如、上から声が飛んできた。先ほど頑張れニッポン、と声をかけてきた集団のうちの1組のカップルだ。もう助け合い。みんなでご来光を見なきゃ。
ともかくぎりぎりまで頑張ろう!そう決めて必死に足を上げた。
頂上へ続く最後の階段に差し掛かった時、階段が多くの登山客で階段が埋め尽くされていて、あら?と思った。と言うのも最後の階段に座ってご来光を見るのがアダムスピークの定番のようなのだ。
ここからどうしようか。呆然と立ち尽くしていると、
「ジャパニーズガール!」
「ジャパニーズはぁはぁガール!」
と声がまたもや上から飛んできた。
あぁ、途中で良く励ましてくれたカップルではないか。どうでも良いが私はジャパニーズはぁはぁガール、と言うあだ名になっているらしい。カップルが手招きするのでそこまで最後の力を振り絞り登って行く。
「ベストビューポイント!」
何と私の座る場所まで取っておいてくれたのだ。
「センキュー、センキュー」
しか言えない自分が情けない。ひたすら頭を下げた。ベストビューシートに座り空を見つめる。ちょうど太陽が昇ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます