第3話 見切り発車ホテル
空港ホテルの割には、離発着の音もせず、爆睡できた翌日、上海からコロンボへ行く便は、13時30発だが、余裕を持って10時30分には空港カウンターへ向かった。出国審査などを終えたのが11時30分ぐらいだった。
今の中国は非常に警備が厳しい。数年前、空港で自爆テロがあってから特に厳しくなった。この日は荷物チェックで、40分ほど待たされた。
セキュリティエリア内に入り、真っ先に向かったのはプライオリティパスラウンジ。昨晩あんなに胃袋に詰め込んだのだが、何度も言うように中国東方航空の機内食は餌だから、これからの7時間30分のフライトに備えて何か胃袋に入れておかねばならないのだ。
ラウンジでの食事はとてもハイクオリティなイメージがあり、私もそのイメージに惹かれて、わざわざプライオリティパスをゲットしたのだが、上海の空港ラウンジはクオリティが異常に低い。空港には5つのラウンジがあるが、どこもやる気と覇気がない。薄い飲み物と疲れ切った焼きそばと、お菓子とインスタントラーメンが横たわっているだけだ。
国によってプライオリティパスラウンジの充実度は大きく異なるが、自称発展途上国である中国のラウンジは本当に情けない。強大な中華思想を未だに引っ張っているのなら、ラウンジもその思想にのっとり、名前負けしないくらいに豪勢にしてほしいものだ。
さて、13時50分ぐらいにコロンボへ向けて離陸。1時間ほどして非常に薬臭いミートスパゲティが配られた。機内食のチョイスなんかない。無造作にさっさと置かれていくだけ。それを乗客は無表情で一定のリズムを取りながら事務的に口に運んでいく。味覚スイッチは皆リセットしているのだ。モニターもない座席だから、食後はひたすら本を読んだ。
機内食は2回出てくる。2回目は草臥れたれたサンドイッチだった。
バンダラナイケ国際空港(コロンボ)に到着したのはなんと17時50分。中国東方航空にしてはすごく珍しいことである。到着予定時刻より45分も早い。こんなに頑張ることができるなら、日頃からもっと頑張って頂きたい。しかし飛行機はゲートに向かおうとしない。
どうも早く到着し過ぎて、そこで待ってろ、と言う指示を受けてしまったらしい。待つこと30分。18時20分にようやく空港内に入れた。
スリランカの顔である、バンダラナイケ国際空港は日本のODAで作られた空港である。非常に導線もシンプルで分かりやすい。
空港で5万5000円分くらい両替を済ませ、空港からほど近いネゴンボという街へタクシーで向かう。空港近くにめぼしいホテルもないため、空港から30分程度で行ける海沿いの街ネゴンボで1泊することにした。
タクシーは空港カウンターで調達すると2500スリランカルピー取られるから、UBERと言う配車アプリケーションを使って呼んだ。空港からネゴンボのバスターミナルまで452ルピー。5分の1以下の価格である。
この日の宿は、海外ホテル予約サイト・ブッキングコムで予約した、ネゴンボバスターミナルからほど近い、新築のゲストハウスだ。
到着したのが20時くらい。降ろされた場所は、周りに何にもなく、姿勢が悪い丸い街灯が数メーターおきに雑に陳列されている殺風景な路地だった。
宿はゲストハウスと聞いていたが、明らかに民家であり、ホテルのようなロビーもない。玄関と思しき木のドアをひたすらノックして宿の主人を呼んだ。
「ハロー!」
「イクスキューズミー!」
「グッドイブニングー!」
何度目かのシャウトでようやく隣家から、腰にバスタオルを巻いただけの男がパイナップルとナイフを持ったまま姿を現した。
「チェックイン??」
この国では、これが異国の客を歓迎する姿なのだろうか。
「イエス、チェックイン、プリーズ」
半裸で現れた男性は宿のご主人だったようだ。器用にナイフを口にくわえ重そうな木のドアを開けると二階のリビングへ案内してくれ、ダイニングテーブルに座るように促された。
今夜はあなたしかお客さんがいないから、自由に使ってもらっていい、バスルームはキッチン横にあること、部屋はすぐそこの部屋を自由に使っていい、と告げ、熱いブラックティー(紅茶)を入れてくれた。
大変日本に興味がある人だったようで、日本人の客に泊まってもらうのが夢だったと話す。つい2週間前に営業開始したばかりで、まだ落ち着かないんだ、と陽気に話すが、ずっとナイフは持ったままだった。そして最後の最後まで大きなパイナップルはふるまってくれなかった。
何かあったら隣家にいるから、と言い残し御主人はゲストハウスを出て行った。部屋に入り、ベッドの上に腰を下ろし、部屋の中を見渡すと、その見切り発車感は相当なものだった。まず天井の照明器具がない。配線工事の途中で終わっている。営業スタートに間に合わないと判断したのか、電気スタンドがベッド横に立たされていた。それを付けて改めて見回す。エアコンは新品を取り付けた感じだが、スイッチを入れると、ぐふぉ、ぐふぉ、とひとしきりむせてから冷気を吐き出すという代物だった。もちろん日本製ではない。
一番困ったのはドアだった。何ぶん鍵がかかりにくい。わざと癖のある仕組みにしてあるのか、ノブを右3回、左8回ほど回し、カギを差し込み右に鍵を回すと掛かるというよく分からないドアだった。ご主人がナイフを持って登場するという派手な演出をやらかしてくれたため、端から鍵を締めずに寝るという選択肢はなかった。
ただ、この国で9泊したが、鍵がかかりやすかったドアなんぞ1つもなかった。すべてが金庫のような要領でガチャガチャ何度となく回さないとかからないものばかりだった。
暑さと妙な緊張感で大量の汗をかいたため体がべたついている。バスルームに移動し、シャワーを浴びることにしたのだが、これがまた旅人を悩ませる空間だった。シャワーは出ることは出るのだが、水なのだ。お湯の方向にレバーを向けても一向に水しか吐き出さない。諦めて水シャワーを浴び、汗を流した。さっさと歯を磨き、洋式便座に座って用を足した後、一瞬たじろいだ。どこを探してもトイレの流すレバーがなかったのだ。
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