第8話 ビクトリーとは当然な

「何故武器が当たらない!?」


「命令が届かないのは構わん! だが、あれだけの殲滅武器を用いてどうして異世界人は無傷で逃げ回っているのだ!」


「ヤツはどういう手段を使ってか、武器の間合いを完全に把握しています! それに、壁を使って攻撃をまともにさせていません!」


「バカな! ではヘカトンケイルは、本来の力を発揮できていないというわけか!」


 その通りだった。

 この一方的な殲滅だったものは、戦いになっていた。

 それも、ヘカトンケイルが必死に異世界人を追う戦いである。


 戦場は第二階層を破壊し尽くし、ついに第一階層に至った。


「不味い……!! いや、ヘカトンケイルなら、ここの罠を防げるとは思うが、だが、どうも不味い予感がする……!」


 帝国人の誰かが口にしたその言葉は、実現することになる。

 巨大な振り子状のギロチンが交差する、第一階層最後にして、この戦闘では最初の場所。


 ギロチンの当たらない安全地帯に立ちながら、異世界人が不敵に笑ってヘカトンケイルを待ち受けている。

 絶対に滅ぼさねばならぬ敵が目の前にいる以上、ヘカトンケイルは動きを止めるという選択肢を持たなかった。


『ガオオオオオオオッ!!』


 咆哮をあげながら、ギロチンを手にした得物で防ぐ。

 そして踏み込む。


 ここで素早く移動することはできない。

 だが、着実に移動できる。


 敵が、コトマエ・マナビでなければ。


 異世界人が槍を振りかぶった。

 ここぞというタイミング。


 ヘカトンケイルは反射的に、足をかばった。

 刹那の間、頭上への注意が散った。


 果たして、槍は防がれた。

 そしてギロチンは防げなかった。


 一撃が、深々とヘカトンケイルの体に突き刺さる。


『ウグワーッ!?』


 バランスを崩したヘカトンケイルに、もう一撃突き立つ。

 腕が一本切り飛ばされた。


 大きなダメージを負ってしまった。



「「「「「「「「う、ウグワーッッッッ!!」」」」」」」」


 画面の前で、帝国人たちが絶叫する。

 肉体を大きく削り取られたヘカトンケイルは、しかし怒りと憎しみを込めて、異世界人を追う。


 落ちてくる天井は、その頑健な肉体で受け止め、粉砕した。

 天蓋もまた砕け、空が覗いた。


 壁面から突き出した槍が、傷ついていた足を突き刺す。


『ウグワアアアアアッ!?』


 よろけた足が、落とし穴を踏み抜く。

 動く壁が迫り始める。


『!?』


 驚愕するヘカトンケイル。

 慌て、腕と武器を振り回して壁面を攻撃する。


 壁は削れ、砕け、だが止まることはない。

 どこまでも迫ってくる。


 ヘカトンケイルの行動できる範囲がどんどん狭まっていった。


 画面の前の帝国人たちは悟った。

 これが、これこそが、異世界人の狙いだったのだ。


 あの男は、どういうわけか、滅びの塔の全ての仕組みを把握しきった。

 そして、利用し、特別な力など一つも使ってないように見えるのに、今こうしてヘカトンケイルを追い詰めているのだ。


 ついに壁に挟まれ、身動きの叶わなくなったヘカトンケイル。

 だが、剛力は壁を砕き、塔ごと破壊してしまおうとしている。


 それでも、その行為は間に合わないのだ。


 目の前に異世界人が立っていた。

 あろうことか、ヘカトンケイルの腕を悠然と登って、同じ目の高さにいる。


「十日間生きられなかったなあ……。さらば、セミさん」


 槍が、目に突き刺さった。

 そこから深く深く槍は貫かれ、ヘカトンケイルの脳に達する。


 毒は直接、ヘカトンケイルの脳に叩き込まれたのだ。



 巨人は一瞬だけ痙攣すると、すぐに脱力した。

 大都市をも殲滅する、ワンザブロー帝国最強の戦力が、ただの槍しか持たぬたった一人の男に敗れ去ったのだ。


 画面の前で、帝国人たちもまた脱力した。

 何が起きているのか理解できない。

 理解したくない。


 滅びの塔が崩れ始めた。

 壁が、天井が瓦礫となり、大地に向かって倒壊していく。


 その中で、異世界人と巫女は当たり前のような動作でヘカトンケイルの死体の上に乗った。

 そして首筋あたりに座り込むと、二人で談笑を始めたではないか。


 遠くの映像を送る魔法装置は、ここで途切れることとなる。

 最後に拾った、異世界人の言葉は……。


「いやあ、全部お膳立てしてくれてて、まあまあ楽勝だったわ」


 これで、帝国人たちのハートはポッキリとへし折られたのである。





「いやー、終わりましたねえ。わたし、完全におしまいだと思ってたんですけど……助かったー!! って気持ちと、もうマナビさんのあの世界に付き合いたくなーいって気持ちと、解放されたあ……って気持ちが一緒に……」


「複雑な乙女心っていうやつだね」


「違うと思いますけどー」


 滅びの塔を完膚なきまでに粉々にした俺。

 振り返ると、清々しいほどの瓦礫の山。


「あー、生き残ったんだなあ……。めちゃくちゃ苦労しましたもんねえ」


「俺は繰り返して練習するの苦じゃないタイプなんだ」


「マナビさんはそうでしょうよう。わたしはお勉強とか大嫌いなんですー!」


 おお、むくれるルミイが可愛い可愛い。


「ところでルミイ、次はどこに行けば?」


「それこそ、マナビさんの能力で調べた方がいいんじゃないですか?」


「俺ね、検索ワードがないと何も分からないの」


「何気に不便ですね!? 万能の力なのかと思ってた。その、ヘル……なんとか?」


「ヘルプ機能ね。敵からは万能無敵、訳わからんと思わせたら精神的にもう勝ってるじゃない? というか戦場に立った時点で勝ってる状態じゃないと俺戦わないんだよ」


「さっきまでのマナビさんの活躍を見てると、背筋が寒くなるような言葉ですねえ……。マナビさん、多分パパに勝てますよ」


「えっ、それってルミイのパパに勝ったらルミイと結婚できたりとかするやつ?」


「えっ、なんでそのしきたり知ってるんですか!?」


 すっかり息が合うようになったルミイと、どこへ行こうかなんて空を見上げるのだった。


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