立花くんと変な女。
人気のないところまで吉木達から逃げ切った立花は、一息吐いていた。膝に手をやり、腰を折っていた。
息を吐くというか、吐きそうだった。
「おゔ、ぉぅえ"、お"ぇぇ…っはぁ、っはぁ…パン、かな、これ、走った、あと、この、匂いって、気持ち悪…おぇッ…っはぁ、ッはぁ…」
運動神経が軒並み向上しトンズラするのに慣れ始めた立花だったが、偏食気味が災いして、昔食べ尽くしたことのあるものの匂いは結構ダメだった。
一度食べ尽くしたものは、匂いがダメになる傾向にあり、食べれなくなるのだ。
とりあえず紙袋から鼻と口を出して新鮮な空気を思い切り吸った。肺が冷たくて清々しい森の香りで満たされる。
ここ市立大会会場は郊外にあるため、緑豊か──というかほぼ山の中だ。そして街の中心部からすると2℃ほど寒いことで有名だった。
だからまだ本格的な季節でもないのに市立大会に参加する高校生達は、マフラーをしてたり、防寒していた。ちなみに立花は制服の下にインナータイプのウォームウェアだけ着ていた。
「あっつ…」
秋の早朝の日陰、随分と湿っぽい場所だが、懸命に走りきった立花には向いていた。
このままここでボーっとしたい。きのこでも生やしたりしたい。邪じゃないやつ。そんな気持ちのままトボトボとそのまま歩き出した。
「……はぁ…ついやってしまった…」
せっかくの市立大会なのに。立花は落ち込んでいた。そう、思い出すのは、金田の邪な彼女のことだ。
結局彼女の邪な矢印は断ち切ることは出来た。踊りながら近づき、相手が怯んだ隙に一息に断った。だが向かいのホームに邪な相手が居て、我に返った金田の彼女は罪悪感からか、走ってどこかに行ってしまった。
それは別に構わない。金田にはバレていない。目標は撃破した。目的は完遂したのだ。
問題はその後だ。
やはり焦っていたのか、その辺の知らない子の矢印までぶった斬ってしまった。
初々しい新兵みたいな可愛らしい矢印だったのにスパッとチョンパしてしまった。
焦った立花はとりあえずその女の子の顔を覚えるためにも須藤の真似をしながら話しかけ、連絡先を聞き出し、それは何故か意外なほど上手く運び、後ほど会う約束を取り付けた。
もちろん数字は見たくないから見なかった。見たくないものは見なければどうということはない。
立花の辿り着いた直近の答えは、完全な開き直りだった。
だが、そのシーンを安富と金田にバッチリと目撃され、しかも大勢に囲まれ出したのだ。
するとその女の子が紙袋をくれた。
そこに丁度電車が来て、三人で飛び乗って逃げた。が、それは止まりたい駅には止まらない快速だった。どおりで誰も乗って来ないはずだ。
二人にはしこたま怒られたが、こんな時に何か言うのは不味いと黙秘権とばかりに貰った紙袋を被った。
これがびっくりするくらい落ち着くのだ。
極端に狭い視野に音が反響しがさりがさりとうるさい。でも落ち着く。めっちゃ良い。だから走って逃げたのだ。
まあ、多少匂いに冒され吐き気を催すが、走らなければ大丈夫だ。
「にしても…どこここ」
視界が狭いとわかんないな。というかこんなところ来たことないし。そう思いながら鞄から市立大会の環美用の資料を取り出した。そこに集合場所が書いていた。
多少遠回りだけど、このままぐるりと回ればいけそうだ。
気を持ち直し歩き出す。少し進むと、奥まったところから、ドスの効いた女の子の声が聞こえてきた。
「ナンパにしては気に入らねーなぁ……?」
そっと覗くと両手を制服のポケットに突っ込み、首を傾げて斜めになった顔で二人の男を下から睨みつけていた。
殴る、蹴る、どつく、目潰し、金的。そんな凶悪な選択肢が似合いそうな女の子だった。
落陽校生じゃない。
その服装スタイルは、スカートが思い切り長く、独特なフリーダムスタイルだったからわかりにくいが、多分商業の子だ。
あのダンスを強要してきた四人組も服装がもはや改造としか言えないくらいアバンギャルドだったからおそらく商業では自由なんだろう。
実際は被服科の生徒達の熱意に先生方が諦めているだけだが、立花はそう思った。
「ソッチから襲いかかってきてよぉ。ヤバくなりゃあ仲間呼ぶとかよぉ。ダセェだろォ……?」
こんな朝早くにナンパとか信じられないんだけど…
自分もさっきまでそう見られていたとは思ってもいない立花だった。
「襲ってねーだろが!」
「肩に手をやったくらいで大袈裟なんだよ!」
凄んでいるのは、こちらも割とフリーダムな学ランだった。上の丈は短く、ズボンの腿が太い。ヤンキーが多いとされる落陽工業高校、通称落工生だ。
「は、はぁ? か、肩なんてオッパイと同じだろォ……?」
そ、そうなんだ…僕も肩ポンしたりするけど不味いのか…ああ、それで妹はあんなに過敏に反応を…
「んなわけねーだろ! お前の常識どーなってんだ!」
「おい、もう行こうぜ。先公にどやされるって。落商にどえらい可愛い子がいるって言うから見に来たらとんだ芋女じゃん」
「ッ、ああ"?!」
違うのか…肩はおっぱいなのか違うのかどっちなんだ。いや、触らなければ何も問題ないな。僕はもう絶対女子には触らないんだ。
そんな願望など決して叶いはしない立花だった。
「それにこいつ絶対痛いやつだし。いこうぜ。こんなん面倒だわ。俺パス」
「俺も。今日は落高の女テニがヤバいってさ」
「聞いた聞いた。クラスの奴が言ってたぞ。めっちゃ可愛いんだってさ」
そう言って落工生達は通路の奥に消えていった。
とりあえず何とか穏便に済んで良かったな。それにしても、男二人は悪そうな見た目なのに、邪なのって無いんだな…見た目と発言とが随分違う。
そんなことを思いながら、立花はそのまま歩き出した。白々しいセリフを吐きながら、さも今通り掛かりましたよ、といった具合に。
「…それにしても良い天気だなぁ…」
だが、バレていた。
「おい…! 覗きたぁ良い趣味してんじゃねーかァ… 出てこいやッ!」
その大声にびくりとしたのは───お互い様だった。
「「ひっ!」」
「「…え?」」
女の子は紙袋に。立花はその大声に驚いた。
「覆面レ、レイパーだとォ…?!」
「ち、違う違う! なんてこと言うんだ!」
こんな薄暗いとこに紙袋被ったやつがいたら、目的もそんなことに思われるかも知れないが、立花は誤解されたとしてもいろいろと脱ぐつもりはない。
それに脱いだとて、この下は眼帯だ。何を言われるかリアクションが怖い立花だった。
「あ、あたしに触れると怪我すっからよォ…! 覚悟が出来てんならかかって来いよォォ? この変態鬼畜野郎がッ」
その女の子はジリジリと近寄ってくる。立花も紙袋はともかく、妙な誤解はされたくない。
「それは聞き捨てならな……」
なんでこの子数字が上がるんだ……?
「ああん? ごちゃごちゃ言ってねーで、い、いいから掛かってこいや❤︎」
その女の子は、立花が初めて遭遇する、魅了してないのに、捕虜陵辱願望を抱えた癖の強い女の子だった。
つまり、最高の相手を見つけたと勘違いして近寄ってきていたのだ。
そして、可愛らしい矢印が立花目掛けて一直線にびぃゅんと勢いよく伸びてきた。
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