立花くんの説得1。
「尊み?」
ボランティア部の部室。
放課後ティータイムを満喫していた理森は、読んでいた文庫サイズの本をパタリと閉じて、立花に聞き返した。
「そう、尊みだよ」
目の前には愛しい彼氏である立花がいた。
今日も眼帯が似合ってる。
その深刻な表情も。
そんな顔でよくわからないことを言い出すのは、これで何度目だろうか。
理森はくすりと笑う。
「それがどうしたの?」
「付き合ったことの…いや、付き合った記憶のない僕が……こんな戦争を仕掛けていいのかと思ってさ」
どうやら一度納得したはずの恋戦争の事のようだ。おそらく彼女九人もいるこんな僕が、なんてことも思っているのだろう。
私の彼氏は、本当に諦めと往生際が悪い。
理森は喜ぶ顔を隠しながら続きを促した。
「ふむふむ。それで?」
「お互いがゆっくりと育んで温め合う、じれったいものを、こ、恋っていうか、あ、愛っていうか、そういうのが尊いというか」
若干、気恥ずかしいのか照れながら話す立花。
「ふふ。じゃあ彼女が九人もいる立花くんは頑張らないとね」
そんな立花を理森はチクリと刺す。
もっとも、立花にとってはチクリなんて可愛いらしいものではないが。
「……その話は、今はやめようじゃないか。つまり僕が言いたいのは、始まってない交際…始まるまでのじれったいような尊い青春を、僕らが台無しにしたと思うんだ」
おや、と理森は思った。またいつものように、眼帯のことで悩んでいると思っていた。
だが、戦争の事で、力の事のようだ。
「僕ら、って言うか、やったの立花くんだけだけどね」
「んぐっ」
理森にいろいろと言いたいこともあるが、確かにその通りだからと何も言えない立花。
理森は少し助けることにした。
「でも、一理あるわね」
「ぉ…ぉ…おお…!? だ、だよね!」
案の定、肯定的になると立花は喜ぶ。まさか君が聞いてくれるなんて意外…みたいな顔には若干腹が立つが。
だから理森は話を逸らしにかかる。
「でも立花くん。今世界は急速に縮まっているわ」
「……もう騙されないよ」
まただ…またそういうやつだ。
立花は気を引き締めた。何度となく話を逸らされてきた過去が過ぎる。
しかし、理森にはもうそれが強がりにしか聞こえない。もう騙されないからなんて、欲しがってるじゃない。
理森の脳内ではそう変換された。
じゃあ付き合ってあげますかと慈愛に満ちた表情になる。
だが、立花にはそうは見えなかった。
「その企んだ顔よくするよね。酷くない?」
「た、企んでなんかないわよ! 今のは優しくて可愛いわかりみ顔だったでしょ!? …まったく、可愛い彼女に対して酷いんだから」
だが、立花にはそうは見えなかった。
「それ本気で言ってるよね。酷くない?」
「酷くない! 違うの、聞いて。ちゃんと繋がるから。私の家…というか一族はね、古くから続く由緒正しい魔女の家系なの。それでね、時代の移り変わりを外から眺めるようにして、世の中を見てきたの。でも最近思うのよ…」
「思う…?」
「そう。科学技術の急速な進化発展によって、この世界はグローバル化された。そうなってから、もう何年経つのでしょうか」
「…またか」
また深刻な顔して妙なことを言い出したぞ、この人…
立ち上がって身振り手振りを交えながら話し出した理森を、立花は怪訝な顔で見た。
「瞬く間に世界は、社会は、驚くほどに縮んでしまった。それはまさに内側にどんどんと膨らむようなもの。時間の圧縮ね。科学技術が進んで、通信インフラが整い、時間の流れが速くなっていった事で、人々はその変化に置いていかれないようにと必死に今を生きるようになった。でも言うほど簡単に順応出来たりしない。それは流行りに敏感な高校生でも例外じゃあ…、ない」
じゃあ…、ない、じゃないよ。
拳を握りしめて何を言ってるんだ。
立花は自分の世界に浸り、何言ってるかわからない理森に優しく抵抗しようと試みる。
「…あのさ、理森さん。意味はあんまりわからないし、もっともだと思う部分もあるけど、僕はそんな話をしてな──」
「待って。聞いて。ここからだから。社会の荒波に、何の下準備も心構えもなっていない未熟な高校生が放り出されたら、どうなってしまうのか。そんなの簡単に思いつくわ。環境や状況に翻弄され、周りに流され、恋もせず、愛も知らず、その辺のマッチングアプリにすがり、適当な人とついうっかり結婚してしまう人の出来上がりよ」
そう言って何故か立花を指さす理森。
「そ、それは…でも仮にそうだとしても、そこから始めれば………ん?」
「だとすると、いきなりの……クライマックスみたいな恋愛よね? 立花くんの力とは違って、随分と薄味だけど…似てないかな?」
「…それは…」
そうだった。いきなりのクライマックス感は、確かに魔眼とよく似ている。
立花はそう思ってしまった。
ちなみに立花はマッチングアプリのことを断れないお見合いみたいなものだと本気で思っていた。
もちろんそれは理森達によって植え付けられた偽情報だった。
知らないところで他の女を引っ掛けてこないようにと、予め釘を刺されていたのだ。
それに自身の女性問題に過敏な立花をマッチングアプリって怖いところあるんだよ、と脅せば簡単だった。
その結果、ぶつぶつとこんなことを言い出した。
「…そうか…だからみんなに数字が……魔眼をマッチングアプリだと考えれば納得できる。昔からあったんだ…それを誰かがアプリに…そんなの開発者が魔眼持ちとしか考えられない…で合ってるよね?」
「……………うん」
そんな事実はないが、理森はそのまま行くことにした。
でも流石に魔眼をマッチングアプリ呼ばわりは悪いかなぁ……。
あの女に。
理森はそう思ったが、似たようなものだし、そのままでいいかと秒で思考を消した。
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