僕に見えた希望。
「ちょっと…指導…?」
ちょっとやそっとじゃ抜け出せないくらい先生が縛られてるんだけど…
理森さんは最後の仕上げなのか、ぐっぐっとロープを引っ張り、引き締めた。
芸術的な縛り方で、つい見惚れてしまう。
何縛りって言うんだろ。
そのロープワーク、どうなってんの…
じゃなくて!
「そ、それちょっとじゃないよ! 問題になるって!」
「あ、これ? 大丈夫よ。私くらいになれば問題じゃないわ。これで逃げら…大人しく話を聞けるわ」
「違う違うそれが問題だって」
やり切った顔して何言ってんだ、この人…
先生の目、軽くイッてるじゃないか。
口から涎も…なぜ…どうやってこの先生から指導を受ければいいんだ。
その格好でもし怒られるとしても、それはそれで困るんだけど…
「戦争が終わった途端に教師たちからちらほら眼帯否定派が出てきてね」
「お、おお…!」
「ふふ。まあまあ。落ち着いて。それで調査してたの。この先生も早いうちから解けてたっぽいし…ちょっと勘気が強いし。よし。これで大丈夫」
そう言って理森さんは大きな紙袋を縛られた先生に被せた上で何かを唱えた。
……酷くない?
ていうかそれ食堂でパンいっぱい買ったら貰える紙袋じゃん。
酷くない? いじめじゃない?
「……ん? 解けてたって…それ洗脳なんじゃ…」
「それは立花くんでしょ?」
「くっ…否定したいけど否定できない…! いや、違う違う、僕のことじゃなくて、洗脳は洗脳じゃん」
「魔術よ…私のはちゃんとした摂理…理屈で組み上がったものなの…わかるかな? 立花くんのとは違うの。馬鹿にしないで欲しいな…?」
「馬鹿になんてしてな…いやいや、話が違うよ。魔術で洗脳──」
「あー、あー、聞こえなーい。でもおかしいなぁ…属性が変わったからかな…いや、やっぱりこれは…」
最近の理森さんは子供が聞こえないフリをするみたいにして僕を煽ってくる。
馬鹿にしてるのはどっちなんだ…!
ここはガツンと言っておかないと、エスカレートしそうだ。
そう、眼帯の時みたいに! それは許されない。
いや、相手は魔女だ。心を集中して、伝えないと。
「ふー…、よし。そういうのダめぅむ! むー! むー!」
早ぁ! 掌で口を! 卑怯な!
「危ない。危ない。気が抜けていたわ。立花くん…そんなにわがまま言わないで。立花くんの言葉は強いの。立花くんは無理矢理言うことをきかせたくはないよね?」
「むむッ?!」
それは…そうだけど…
「理森、結構、頑張った、んだよね…みんな自殺も、他殺も…しなくてよくしたんだけど…その辺り、わかってくれているのかな…」
「……むむ」
ぐっ、それを言われたら強く言えないじゃないか…ん、あれ? 何か…膝に力が…
「ふふ。まあ、立花くん優しいからさ。あんまり怖い思いはしてほしくなかったからね。私の頑張りなんて…見えないのは仕方ないんだけどさ…」
「…むむ?」
あ、あれ? 何で床に寝かされた? 何で跨った? この人絶対何かしてる! 喋りながらそんなことが…? あ、あれ、ふわふわしてきたぞ! 何なの…これ…
「くすくす。なのに君は駄目駄目って言うし。こうなったらもういっその事、オドだけじゃなくて、はぁ、はぁ、こっちも…まあ、青春の一ページに、いいかも…先生のいる部屋でなんて、絶対思い出に残るよね」
「むむッ?!」
ちょ、嘘でしょ! そうやって始まるものなの?! あ、ゴソゴソしないで!
「本当は絵子ちゃんからかなって思ってたけど…労働には対価が必要だよね? 彼女には労りが必要よね? 労りには愛が必要よね? 彼から奪ったんだから責任取ってよね」
「むむ!?」
だ、誰か、ぇ、あ、そ、た、助けて! しかも、指導室でとか! 駄目じゃないかな?!
するとその声なき声に応えてくれたのか、怜堂さんがいつの間にか目の前に立っていた。
仰向け姿の僕の…目の前に。
「パッ…」
「理森…死にたいの?」
こ、言葉は超格好良いんだけど、パン、パンツ見えてるよ!
「れ、玲奈…いつの間に…随分と慣れてきたのね…」
「…それよりこれはどういう状況? なんで立花君が押し倒されてるのかしら? 立花君に跨って、いったい何の指導をしてるのかしら…理森…?」
こ、言葉は僕の言いたい通りだけど、僕の顔跨がないで! 風紀が! 乱れるてるYOH!
「こ、これは違うの玲奈! そ、そう事故…いえ、練習よ! 練習! 詳しくは後で説明するから今はこの沸る気持ちを止めなイタぁいッ!? もう! 何するの…よ…あ…」
「理森」
スパーンと乾いた音が二回音がしたけど、怜堂さんは何も持ってなかったような…
駄目だ! スカートの中の秋っぽい色しか瞼に出てこない!
「いたぁい…わかったわよもぉ…今度から頭はやめてよね…それ凄く痛いんだから」
「理森次第よ。早く退いて」
ようやく身体の自由が戻ってきた…やっぱり何かされてたのかな…
……魔女彼女か…マジ僕怖い。
「立花君大丈夫?」
「あ、うん、ありがとう…ってわぁ! ご、ごめん…ちょっと…どいてくれないかな…」
怜堂さんは、跨いだままだった。
それから僕を避け、顔を赤らめていた。
そして僕に手を差し出して起こし、そのまま手を恋人繋ぎに変えて、にぎにぎしながら言う。
「ご、ごめんなさい。守ってあげれなくて」
「いや…その、あはは、はは…そんなことないょ…ぁりがとぅ……」
怜堂さんはもっと自分を守って欲しいかな…どんな顔すれば良いんだよ…多分僕の顔も赤いと思う…
「んん、玲奈。握り過ぎ」
「…わかったわ」
僕の手をゆっくりと離した怜堂さんは、この部屋で一番最初に言わなければならない事を、理森さんに言った。
「で、荒本先生のこの有様は何かしら」
その問いに、ニヤリと悪そうな顔をしながら理森さんはこう答えた。
「これは攻撃よ。……おそらく他の魔女のね」
いやいや。ドヤ顔でこんな事言ってるけど…それ理森さんが縛ってたじゃん…擦りつけるとか…絶対僕の方が悪くないよな…
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