立花くんは嘘告する。
恋戦争真っ只中。至る所で告白合戦が行われている、ここ落陽高校。
『す、す、ずっと前から好きでした! 先輩!』
『お、俺もだ! 俺と付き合ってくれ!』
『ハイ! 嬉しいです…!』
立花は今日も朝からあくせく走っていた。
粗方の両片思いは今やっと結び終わり、今度は恋の散ったもの同士を結びつけるために彼は隻眼のナイチンゲールになって、頑張ろうとしていた。
「…060オーバー…よし。次の矢印は…めっちゃ長いよぉ…どこにって体育館? 遠い…行けばいいんだろ…はぁ…何してんだろ…僕…」
今日で恋戦争7日目。
この頃には立花は他人同士の好感度まで見えるようになっていた。
そして彼の中で基準値050を設け、それを超えたもの同士に限定して慰めながら紹介していた。
その際、立花くんの悲劇が有効に働き、立花くんが言うならまあ…みたいな空気で、彼ら彼女らは友達になっていった。
それを見届けた立花は、後は若い者同士でとばかりに次の恋に向かって去っていった。
あくまで紹介にとどめ、恋に発展するかは当人に任せた。が、のちに好感度調査としてボランティア部の監査、やっぱり立花が見回る予定だった。
これ、大島さん数字消す気ないなと、三日目くらいで立花は気づいていた。
しかし、目の前で恋の熱を見せつけられ続けた立花もまたそれに感化され、必至に矢印を追いかけていた。
ちなみに恋戦争は、理森によって厳密なルールが敷かれていた。告白は授業時間や部活動以外の朝昼放課後に限定。また、学校内のみと限定されていた。
だが、授業が終わると教室はすぐに色恋話で騒めきだす。
肌寒くなってきた季節に逆行して、クラス内は恋愛の熱でムンムンと暑いし熱い。
勉強や部活動は彼氏彼女が出来たせいか、皆が燃えていた。
来る市立大会に向けて、落陽高校生徒は突っ走っていた。
例え立花が暴いてしまった秘めた恋心とはいえ、思いは本物だ。成就したカップルは、立花に感謝を捧げながら、思い思いに青春を謳歌していた。
◆
そして光あれば影もまたあり。
敗残者はいじるべからずと標語が設けられ、恋に破れた者達は、すぐにボランティア部へと誘導された。
そこで理森が幸運の恋グッズを売りつける。これが理森の狙いだった。
魔女理森は戦争のマッチポンプ発案者であり、武器商人でもあった。
なぜなら戦時価格としてまあまあな値段で恋成就グッズを売っていたからだった。
流石にそれまずいんじゃないと立花は理森に主張した。だが彼女は悪びれずに立花の両肩に手を置き、いい顔して諭してきた。
遊ぶお金、欲しいの私。
それを聞いた立花は脱力し、何とも言えない顔をして、ぼやいた。
あの面倒見の良く、気さくで優しい大島さんはどこに行ってしまったのだろうかと。
ここには腹黒な魔女しか居なくなってしまったのかと。
そう伝えると、魔女ってだいたいそうだから。それに呪いの材料って結構お高いの。もー立花くんのためなんだからね。彼女達のためなんだからね。
仕方ないよね?
そう返され、僕今何してるんだっけ、けじめって何だっけと、何度も自問自答しながらも革命を起こす立花だった。
もちろん、普段の理森ならそんな事は言わないが、もう自分だけの人生ではなくなっていた。それにお金はいる。デートもしたい。服が欲しい。
皮肉にも、眷属になってからのほうが、女子高生らしい思考になっていた。
やり方は非道だが。
理森自身も魔女として研鑽を積み、恋なんてしてこなかった自分が、まさかこんなことになるなんて思わなかったのだ。
まさに恋は盲目だった。
今の須藤の目のように。
理森はそれを思い出し、薄く笑っていたが、立花は気づかない。
ちなみに理森は告白されることが多く、うざかったので、学内の噂として彼氏いますから、と吹聴していただけだった。
立花には絶対に内緒だが。
なぜならのちのち罪悪感で二重に縛るつもりだったから。
そしてほぼ四割ほどの学内カップルを作り終えた頃。
近隣ではお惚気高校と囁かれ出した頃。
「うげ…絶対また厄介ごとだよ、厄介ごと。でも逆らったら怖いし…はぁ…そろそろ眼帯外してくれないかな…日焼けしてたらやだなぁ…うわ! 催促が山ほどくる… はいはい、行けばいいんだろ、行けばさ〜」
ボランティア部部長の理森から平部員立花に呼び出しがいっぱい入った。
◆
ボランティア部のドアには、恋愛相談中というカードが下げられていた。
その部室内は異様な雰囲気だった。
「本当に…するの?」
「人助けだと思って❤︎」
困惑する立花の前には、女の子…達がいた。
「誰も助からないと思うけど…そもそも居た堪れないし…というか、この格好何?」
「説明は難しいからパスさせて。それに誰かわからない方がいいでしょ? のちのち気不味いだろうし」
理森の呼び出しはやっぱり厄介ごとだった。その内容は立花には予想すら出来なかった。
「確かにそうなんだけどさ…」
「もーいいからほら早く。あ、でもちゃんと心込めないと駄目だから。解呪にもリベンジにもならないから」
部室内の壁沿いには、八人の女子生徒が沈黙したまま並んで立っていた。
彼女達は、頭から黒い布で上半身が覆われていて、首元はマクラメ編みの灰色の紐で結ばれていた。
その姿は、まるで黒いてるてる坊主のようだった。
スカートと、スカートから覗く眩しい足だけが見えていて、どうやら全員女子生徒のようだった。
理森は彼女達に告白して欲しいと言った。
嘘告でいいからと。
それは解呪であるとも、前回負けたのが悔しいからリベンジであるとも言った。
立花には意味がわからなかった。
「この黒いてるてる坊主に何を込めろと言うのか…」
「立花くんならいけるいける。じゃあ右からツイちゃん、ツーフーちゃん、ツエーちゃん、ツケちゃん、トゥーユーちゃん、ニートちゃん、ニケちゃん、レイニーちゃん。じゃあツイちゃんからね」
「急に情報多いな…! それ愛称?」
「…仮の呼称ね。余計な事は考えないで良いから早く!」
立花が何も考えない内に、終わらせてしまいたい理森は少し圧をかけ、急かした。
「…わかったよ、わかった。魔…言ってはいけないのか…これで本当に左目治るの? なんか彼女達にも悪いんだけど…」
「魔眼って言って良いわ。枠と力ね。それを埋めないと無差別ラブとらぶる系主人公になるの。立花くんはそれでいいの? でもまだ間に合うから。それにみんな納得してるの。ね、みんな?」
理森の言葉に、タイミングをバラバラにして、黒いてるてる坊主が何度も何度も頷いた。
黙ったままグネグネ動くてるてる坊主に、立花はビクッとし、理森の言った内容が頭から飛んでしまった。
「ヒェっ!? 怖っ?! わ、わかった…! なんか反射? とかちゃんとしてるんだよね? それに枠とか力とかわからないけど…じゃ、じゃあ…ツイちゃんから…」
「……!」
一番右端、ピンと背筋を伸ばした黒てるてる坊主の前に立つ立花。
表情は見えないが、心なしか緊張しているようにも見える。
「僕をいつも優しく包んでくれてありがとう。出会った時から僕もす、好きです…一緒に駄菓子屋行こうね。……これでいいの? というかこの原稿何…?」
立花の手には八枚の原稿用紙があり、それにはそれぞれの告白のセリフが書かれていた。
「いいのいいの。ほらめちゃくちゃ喜んでるじゃない」
「……これ…喜んでるんだ…」
立花の前で無言のままくるくるグネグネしてる、ツイちゃん。
いや、怖いけど。立花はそう思った。
「はい、次は…ってみんな、黒オーラ出てるわよ? せっかくの思い出リトライに……何か私の案に文句あるの? はい、ツェーちゃん」
右から三番目のてるてる坊主がピョンピョン跳ねて異議アリを体で主張した。
飛ぶ度に可愛いおへそが見えてしまう。
理森はそれに近づき耳を寄せ、彼女の話を聞く。
「何何? 番号順は嫌だ? 私は記憶が最初からなかった? つまり出会いから思い出の女の子? だから一番が良かった? はい却下。はい、トゥーユーちゃん。何何? 私がファーストキスをした? はい残念、ツケちゃんの方が先だそうです。優しさで言わなかったのに。はい、みんなーそういう思い出は一人一人大事にしてねー。今はとりあえず順番どおり…何ツーフーちゃん…ツイちゃん殺したい? もー…みんな、立花くんの告白前だって忘れてな…ツイちゃんがムカつく? 確かに…テルテル坊主でしゃかりきに動かれるとイラっとするわね…」
そんな理森の呟きなど聞こえないとばかりにはしゃぐツイちゃん。
「!、!、!」
「あ、あの、あの、飛ばないで! 何か吸われてる! 吸われてるから! あと見えてる! 見えてるから!」
立花はツイちゃんが大きく飛ぶ度に懐かしい感覚に見舞われた。
須藤に力を使われた時の感覚だった。
そんな事は知らないツイちゃんは、やった、やったとばかりに大きく飛んだ。
するとフワリと布がはためき、ハリのある下乳が覗いた。きめ細かい白肌が、黒の布に映えていた。
彼女達は皆上半身裸だったのだ。
「ツイちゃん……まだ契約すぐなんだからやめて。立花くん殺す気? ブッ刺すわよ?」
「!……ぶるぶる」
「あ、喋れるんだ……ん? ……契約? 嘘告は?」
「…嘘告よ嘘告。まあ、嘘になった告白を今改めて本当のように再現してるの。じゃあどんどん続けていくよー」
「………」
七日間の恋戦争で精神が相当疲弊していた立花は、まともな思考回路に戻っておらず、また理森にとって都合のいいように嵌められていた。
再び嘘告を続け、その度に身体から何か抜けるような、繋がるような感覚を受けていた。
そして全て終えた彼女達は、皆思い思いに黙ったまま、喜びの表現をしていた。
みんな一様に嬉しそうだった。
表情は見えないが。
そんな中、床には力を使い切った立花くんが、仰向けでプルプルしながらノビていた。
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