須藤くんのエピローグ。

 ある秋の日の昼食時間。二年A組の女子生徒三人、香川、岡本、安西は、友達同士で久しぶりの穏やかなお昼休みを過ごしていた。



「ねえ、聞いた?」

「須藤君のこと?」


「そう、なんか須藤くん達騙してたから、らしいよ?」

「知ってる。恋サイトと裏サイトはそればっかだもん。最初はそんなことあったとしても立花くんが復讐したのかなと思ってた…けどねえ?」



 同じクラスの須藤の席を二人は見る。そこは空席だった。次いで、もう一人もきゅもきゅと小さくパンを齧る小柄な友達に目を向ける。



「…うん…感謝してます。だから立花くんは白」



 小柄な彼女、安西は革命の犠牲者、いや、恋愛成就者だった。以前からこの友人二人にそれとなく恋の相談をしていたが、恥ずかしくて何も行動に移せなかった。


 そこに革命家立花がやってきて、無理矢理ニトロエンジンを積まれ、特攻させられてしまったのだ。



「ほんと焦ったいのこじ開けてくれたよ。隻眼の天使…サイクロプスさん…ぷぷ」

「ちょっと! 恩人にやめてよ! ぷふっ、でもあんな恥ずかしい目に合わせられたんだから少しくらいはいいかな…」



 安西は大勢の人の前で告白してしまったのだ。彼が他の誰にも靡かないようにと、全校集会のその時に。

 その妄想は心の中だけだったのに、丸裸にされ、叶えられてしまったのだ。そして結果はOK。今思い出しても顔が赤くなり恥ずかしかった。


 ちなみにこれを見た魔女理森によって告白タイムのルールが追加されたのだ。


 ちなみにサイクロプスさんは、立花のスラングとなっていた。



「でもそんなこと言ってたら繋げてもらえないよ?」

「それは困るわ。やっと彼とドキドキしてきたのに」



 小柄な安西は、少し背の高い女の子、岡本に注意した。

 岡本は敗残兵だった。告白するも、無惨に散り、倒れ、ボラ部で可愛いマクラメブレスレットを買い、立花に紹介を受けた身だった。その紹介された彼に、トロ火のような恋の予感を感じ出していた。


 ちなみにそのマクラメブレスレットは恋に敗れた証だったが、同時に勇気ある者として、装着者達は讃えられていた。


 裏では魔女理森の販売済み確認マークみたいになっていたが。



「にしても、須藤くん、あんなだったなんてね」

「ね。まさかの立花くん狙いだったなんてね」



 またもや魔女理森によって噂が改竄されていた。立花がなぜか被害を受けるかたちになって広がっていてた。



「すごい爆弾落ちたよね。これ、付き合った子とか後悔しちゃうんじゃない? 大輝ガールズ、絶対みんなランキング上位だし」


「須藤くんに恋してた子もね。やっぱり絵子ちゃん可愛いよね…お菓子で出来てそう」


「明るくなったよね。前は冷たいお人形さんって感じだったし」



 須藤大輝と大輝ガールズは、ただ単にガールズトークをしていただけ。彼女達は裏切ってなんかいない。

 かなり無茶な改竄だったが、そこは魔女理森の手腕と、記憶を無くした立花によって成し遂げられていた。


 立花の悲劇と須藤達の喜劇(偽)。矛盾した話の方が、魔女理森にとって扱い易かったのだ。



「他の子もね。少し影なくなったし…なくなったのかな?」



 ただ、今の立花を取り巻く彼女達を見ると、なんだかよくわからない。理由はわからないが、随分と焦っているのだ。



「サイクロさんとかな?」


「うーん…なくはないと思うけど…立花くん親友からの告白エンドでしょ、あれ。あれ次第じゃない?」


「なんか立花くんあせあせしてるし、須藤くんはーはー言ってる感じだし…美味しいけど…これも多分恋戦争だよね…」



 彼女達は窓際でお昼を食べていた。二年生の教室は、校舎三階にある。そこから校庭を眺めつつ、先程からお喋りしていたのだ。


 彼女達が見つめる先。落陽高校の校庭には、須藤と立花が対峙していた。


 そしてそれは、ほぼ全ての生徒が窓際に張り付き、見守っていたのだ。



「あーねー…でも…ノーマルにしろBLにしろどっちだって…」


「「美味しいからいっか」」



 彼女達三人は第一次恋戦争の終結イベントを見守りながらそう言った。





 よく晴れた秋空の真下。落陽高校のグランウンド。その中央で立花と須藤は向かいあっていた。


 他に生徒はいない。


 立花は足がすくんでいた。見慣れたはずの親友の顔が、どうにも怖いのだ。


 須藤の目は血走り、鼻息は荒く、肩が上へ下へと動き、今にも暴走しそうな機関車みたいだった。



「清春…俺は気づいたんだ…」


「…う、うん? そうなんだ…?」



「ああ…真理、これが真理なんだよ清春…」


「…そっか…そうなんだね。あははは、流石は…須藤だね…? そ、それより話って?」



 よくわからないことを言いながら、突然真顔になる須藤。テンションのアップダウンに立花はついていけてなかった。


 目を白黒させていると、須藤は突然、土下座になり、こう言った。



「…今まですまなかった。謝って終わるほど軽い問題じゃあないが、俺はこの学校を去ってけじめにしたい」



 須藤からの土下座からの宣言。校舎からはどよめきが聞こえてくる。二人が何を話しているかまではわからないのだ。



「…そっか…寂しくなるな…あの話…僕自身は覚えてないんだ。信じてもらえないとは思うけど…須藤の謝罪を僕は受けるよ。それに、けじめたんだろ? 立ってくれよ」



 立花は、球の世界のことは覚えおらず、理森からはけじめはついたと聞かされているのみだった。

 そして覚えていないが、須藤の誠意は伝わってきていた。というか好感度099のせいで疑えなかったのだ。


 つまり、最初から身の危険を感じていて、それどころではなかったのだ。



「いや、信じるさ。清春のことは。それと、けじめ…今までのことは、手打ちにしてもらえたんだ…お嬢様方に」



「お嬢様方…? わ! あ、あ、ちょっと抱き締めるのやめてくれない?! 髪の匂い嗅ぐのも手を動かすのもやめてくれない?!」



 須藤は立ち上がるやいなや、立花を熱く抱擁し、弄り出したのだ。校舎からは遠く悲鳴が聞こえてくる。


 

「ああ! すまない。お前と最後だと思うとどうしても、な…」


「須藤…」



「それにこうするとまた折檻してもらえるかもしれないんだ。してもらえなくてもそれはそれで堪らない」


「台無しだよ、須藤」



「はは。すまない。照れ隠しだ。今からはドマゾとしてご主人様を探して生きるさ」


「どまぞ……? 何がなんだかわからないけど…それでいいのか…な? でも学校出てどうするんだ?」



「男子校に行くんだ。辺境での寮暮らしで、今から堪らない」


「そ、そうなんだ…? じゃ、じゃあ気をつけてとしか言えないけど…元気で」



「ああ。清春も。お前と出会えたことを本当に感謝している。本当にすまなかった。本当は…本当はお前を! …お前をご主人様に…! した、がった…! 今更叶わない願いだが…これが別離…そうだ…そうか…これは…今思えば………」


「……ご主人様…? いったい何の話を──」



 頭の中がいい感じで混乱していた立花は、気付くのが遅れてしまった。


 数字の変化がなかったので遅れたのだ。


 今まで散々見てきたはずの革命の空気を感じとるのが遅れたのだ。


 だから須藤を止めなければと手を伸ばしたがもう遅かったのだ。



「…あー! いや、待っ、それ以上はやめ──」


「俺は! お前に恋をしてしまった!! 決して結ばれないのはわかっているんだ…辛いよな…さよならだ! くっ…」



 須藤の大きな声での告白は、校舎まで届き、悲鳴と混ざり合いグラウンドに反響した。


 そして彼は走り去っていった。



「…………これもう何なんだよ。最悪だよ、須藤…」



 残された立花は、その場でしゃがんで耳を塞ぎ、一人ごちた。


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