偽りの愛に溶かされて(2)


 軽々と運べば、ひょいと寝台に置く。アレクシスの片足を乗せたマットがぎしりと沈んだ。

 片手で肩を押され、あえなく仰向けに倒されたエリアーナはのしかかってくるアレクシスの胸板を必死で押し返した。


「旦那様……っ!」


 エリアーナの抵抗に、アレクシスがしぶしぶといった様子で顔を上げる。す、と薄青い瞳が眇められた。


「何だ?」


 刺すような威圧感に心臓が縮み、身体が小刻みに震えだす。


「こんな……乱暴なのは、嫌です……」

「その顔はいかにも、物足りないと訴えているように見えるが?」


 顔をそらせる暇すらなかった。

 唇が熱いものにふさがれ、思わず悲鳴が飛び出しそうになった。


 感じるのはアレクシスの柔らかな唇——エリアーナにとっては初めてのキスだ。

 最初は触れるだけの優しいものが、次第についばむように角度を変えては触れあった。

 見開いた視界に昏く影を落とした青灰色の瞳が重なる。射抜くような視線から逃げるように、エリアーナは、ぎゅ、と目を閉じた。


「…………っ…」


 何度も何度も重ねられるそれに、甘い吐息が漏れる。その吐息すらも逃さないとばかりに唇が塞がれていく。


「旦那、様…………んぅっ」


 それらは次第に深いキスへと変わる。

 アレクシスの舌はエリアーナの口内を犯していく。何度も何度も……まるでエリアーナをと訴えるように激しく、けれど時に、優しく労わるように。

 単にエリアーナを孕ませたいだけならば、これほど甘やかな口付けをするだろうかと、酸欠になりそうな呼吸のなかでふと思った。


 ——嘘よ……こんなのは、きっと嘘。

 私を疎んじ、遠ざけてきた旦那様がこんなこと……!


 乱暴な手のひらがすべらかな腹を撫であげる。

 辛いのに。苦しくて心が張り裂けそうなのに。不本意で悲しくて仕方がないのに。

 執拗に何度も深く口付けをされたせいで、エリアーナの腹の底から感じたことのない疼きがじわじわとこみ上げてくる。

 アレクシスの指先がふれたところから、心と身体が哀しく蕩かされていく——。


「……ぁ……」


 耳朶にかかる熱い吐息にびくついて、聞き取れぬほど小さくかすれた声が漏れた。同時に熱をはらんだ目頭から涙が堰を切ったように溢れだす。

 愛のない、ただ犯されているだけの行為に身体の奥が熱く疼いてしまう。そんな自分が途方もなく悲しかった。


 エリアーナの涙に気付いたアレクシスが顔を上げ、覆い被さっていた身体をゆっくりと離し、薄青い目を細める。


「こんなに罵っても、乱暴に抱いても気付かぬのか……」


 荒がった呼吸が乱れた夜着から覗く白い胸の丘陵を大きく上下させている。開いた唇で息を吐きながら、エリアーナは呆けたようにうっすらと目を開けた。


「……エリー」

 

 濡れそぼった頬を、アレクシスの手のひらが優しく包み込む。

 先ほどまでの乱暴さが嘘のように、エリアーナの額にゆっくりと自分の額を寄せた。


「よく聞いて欲しい……。俺は君を。愛してなんかいないんだ」


 エリアーナの途切れ途切れになった呼吸は次第に頼りなげな嗚咽に変わっていった。両手で顔を隠すように覆い、震える声を弱々しく放つ。


「もう……じゅうぶんです。あなたに愛されていないって……良く、わかりましたから……」


 アレクシスは射抜かれたようにハッとした。

 そしてエリアーナの華奢な背中に腕を回し、包み込むように強く、強く抱きしめた。


「エリー……ああ、異能は発現していなかった」


 後頭部を抱え込む凛々しい手のひらの力強さに驚いてしまう。


「俺は君の異能を試した。酷い事を言ってすまなかったね。乱暴な事をしてすまなかった、エリアーナ……!」


 抱きしめられている理由も、アレクシスが何を言っているのかもよくわからず。

 動揺と混乱で頭がくらくらする。エリアーナはただ茫然と天井を見つめるしかなかった。

 


 *



 寝台のフレームに背を預けて座るアレクシスは、エリアーナを膝の上に座らせて、華奢な身体を宝物を抱えるように抱いている。


「どうして。学園に通っていることを黙っていた? 異能持ちでもないのに学園長が入学を許可したのか?」


 素肌にシャツ一枚を羽織っただけのたくましい胸板にくっついた頬からは、どくどくと規則正しい鼓動が聞こえる。離れたくてもアレクシスの腕が離してくれないのだ。



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