第七章 再会

第92話 意気地なしなんかじゃない

 あの時、夕暮れの校舎で――。


 大きな黒水のうねりは、さなかおるが去った方角から押し寄せて来た。だとすれば、けんよりも先に彼女が巻き込まれたと考えるのが自然だ。


(どうして……思いつかなかったんだ……?)


 思考が堂々巡りしている。

 馨もトゥーラモンドに来ていた――正確には〝写し取られていた〟――可能性を疑いもしなかった愚かさが悔やまれた。


 無論、わかったところでどうなるわけでもない。同時に一人しか存在を許されないマレビト同士が再会する望みは、無きに等しいのだから。


 ――美名子ミナコさんは気性も器量も天下の真田馨譲りですけぇの。


(確かに……そう言っていた)


 ベッドに座り込んだまま、何度目とも知れぬため息を吐き出す。


「もしもーし」ドア越しにみおが呼んでいる。「開けて大丈夫?」

「……いいよ」


 上ずった返事が空元気を隠しきれていない。気取られている。澪の浮かない表情が物語っていた。


若蘭ルォランから」


 差し出されるアメ玉。


「……何?」

「心配してたよ。献慈の様子が変だって」

「……そっか」


 つと伸ばした献慈の手を、澪の指が絡め取る。


「話してくれないんだ?」

「大したことじゃないから」

「ウソ」

「今言うことじゃないっていうか」

「ほら。言ってること変わってるし」


 寄り添う尻の重みでベッドがきしむ。


「話してくれないなら、このアメ貰っちゃうから」

「どうぞ」

「う~ん……だったらさぁ」

「俺の話聞いてた?」

「勝負しよ? 私が腕相撲で勝ったら正直に話すってことで」

「俺が勝てるわけないだろ」

「それじゃあ、普通にお相撲で勝負するとか」

「そんなんもっとムリだって」

「めんどくさいなぁ」

(どっちがだよ……)

「じゃあこれ――私と献慈、どっちがお互いのこと好きかで勝負しよ?」

「……何だよそれ」

「んー? 自信ないのかなぁ?」

「そんなわけっ……あー、もう! わかったよ。話すからさ」


 お手上げだ。どう転んでも献慈は話さざるをえないのだから。




「『真田馨』さんって言ってたの? ジオゴさんだけ? ほかの人は?」

「ううん。だから俺の聞き間違いかもしれないし」


 この期に及んで自分の耳を疑う、往生際の悪さが滑稽だった。


「確かめて来る」

「ジオゴさん、帰って来るの夕方だって」

「そ。じゃあ帰って来てから訊く」

「知ったからって、どうなるわけでもないし」

「これは私が勝手にすることだから。献慈が知りたくないなら私は黙ってるよ」


 澪が自分の望むよう振る舞ってくれるなどと考えるのは、ただの思い上がりだ。献慈は心底痛感しながら、それが決していとわしい気持ちではないことに驚きをも覚える。


「どうして……そこまで」

「私ね、お母さん失って、引きこもって、いろいろあったでしょ? その後もしばらく村のみんなから腫れ物扱いされてたから……だから、好きな人にはそういう態度取りたくないなぁって、思っただけ」

「こんな意気地なしなんかのために?」

「献慈は意気地なしなんかじゃないよ」


 まったく、敵わない。


「……俺が行くよ。だから……」

「ついて来るな、なんて言わないよね?」

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