第56話 空を飛べたら

 棚雲る空の下、四人は街道を早足で進み行く。

 目指す関所は山の中腹にある。無頼の行き来を妨げるため、自然の難所を利用するのはよくあることだ。


「道なりに行く分にはそんなに険しくないはずだよ」


 先頭を行くみおの背中がすでに頼もしい。


「ミオ姉は鍛えてるから大丈夫だろうけど、コイツがねー」

「えー、また俺?」

けんも平気だよね? 私を守るために日頃から鍛えてるもん。私のために」

「うん、まぁね……(もりなんだし、当然か)」


 とはいえ先日の運動量は堪えた。霊泉の回復作用がなければきっと今もキホダトで立ち往生だ。


「あの山脈を境に首都圏へ入るという認識でよいのでしょうか?」

「そう。一説によるとあの辺りにおうの剣を作った那梨陀なりだの一族が隠れ住んでたらしいの」

「お詳しいですね。ちなみに知っておいででしょうか。那梨陀は『十三年戦争トレットノリガ・クリゲット』を境にこの地上から姿を消したドヴェルグ族の一派だそうですよ」


 ちゃっかり蘊蓄うんちくを差し込むところが何ともライナーらしい。


 ドヴェルグは知能が高く手先も器用で、鍛冶術や魔導をはじめとしたあらゆる秘術に通じていたという。しかしその豊富な知識や技術の大半は、彼らが地上を去るとともに失われてしまった。


「へー。同じ話十回ぐらい聞いた気がするわ」


 退屈そうなカミーユを見て、澪が別の話題を投じる。


「それじゃこれは知ってる? イムガイの山奥に住む天狗の言い伝えとか」

「天狗ってあの、鼻が長くて、翼で空飛んだり、風を起こしたりする?」


 天狗と聞いて興味が湧いたのはむしろ献慈のほうであった。


「鼻……はよくわからないけどそんな感じ。ヒトよりも長生きで、姿を消したり、いろんな術を操ったり」

「秘境に隠れ住む翼人の逸話は世界中に伝わっています。イムガイの天狗もきっと大昔に分かたれた一派なのでしょう」

「そっかぁ。ライナーって本当物知りだよねぇ……献慈?」

「あぁ……ん?」


 空を覆う雲が一瞬、献慈には欠けたように見えた。


「どうかした?」

「(気のせいか……)いや、空を飛べたら旅するのも楽なんだろうなー、とか思ったりして」

「ユードナシアには空飛ぶ乗り物もあるんだっけ? こっちでは魔導もそこまで進んでないから……」

「魔術ではどう?」


 尋ねられたカミーユの反応は芳しくない。


「無茶言うんじゃねっつーの。エルフや魔人でもあるまいし」

「そうなのか。てっきりシルフィードの力で飛び回ったりできるものとばかり」

「ん~、あの方法は……一回死にかけたからなぁ……」

「え!?」

「こっちの話。単に飛ぶだけなら鳥型の精霊にぶら下がったほうが楽だよ。腕疲れるけど」


 門外漢マレビトが思うようには一筋縄にいかぬらしい。

 何にせよ、御子みこほうじの旅は自分の足で向かうしかないのだが。


「わざわざ飛んで行かずとも、橋はもうすぐそこですよ」


 ライナーが指差すのは、以前も目にしたシヒラ川の上流付近だ。両岸を結ぶ橋は鉄骨を用いた頑丈な造りをしている。

 宿場までの道のりはまだ半ばといったところ。ここらで一息入れるのがちょうどよいだろう。

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