第45話 精霊の継承者

けんがいなかったら私、取り返しのつかないことしちゃってた」


 そう口にするみおは、いつになく神妙な面持ちだった。

 確かに、献慈があの場で処置しなければ、不良たちは一生ものの傷を負ったままだったかもしれない。


「私、本当にバカだ。『どうして』だなんて、よく言えたよね……」

「俺も偉そうなこと言っちゃったし、そこはおあいこだよ」


 澪はすっかり反省している。これ以上とやかく言う必要はない。

 そう思っていた。


「……やっぱり今からあの人たちに謝って来る!」

(ええっ!?)


 今にも宿を飛び出さんとする澪を、献慈は体を張って阻止する。


「ま、待ってよ澪姉! そういうのは、その……お互い、もっと落ち着いてからのほうがいいと思うんだ」


 献慈が一心になだめるのは、この上澪に罪を背負わせんがため。


(あんな目に遭った後でまた澪姉と出くわしたら……あの人たちショック死しちゃうよ!)




   *




 甚平姿で、夜の海辺を当てどなく歩いていた。


「♪~フィーラーザダーッ フィーァラーザダ~ア~ッ」


 鼻歌でも歌っていればむこうから気づいてくれる。そう期待して。

 やがてけんのもとに、潮風に混じったラベンダーの香りが運ばれて来た。


「こんな所にいたんだな」


 道を外れた暗闇に、小さく輝く光球が浮かんでいる。〈発光する精霊スピリット・オブ・レディアンス〉だ。

 砂浜にしゃがみこんだカミーユとシルフィードが同時にこちらを振り向いた。


「Milchel'e.」

「……なぁんだ。ケンジか」

「夕食にも戻らないで、今まで何して……」


 近づいて見やれば、カミーユは穴から這い出て来たスナガニを小枝でつついている。


「俺よりも蟹のほうにご執心のようで」

「貴重な晩ゴハン」

「……えっ? く、食うの?」

「食うよー。てか、食ってた。この仕事就く前はお金なんて持ってなかったし。その辺の川魚とか、野草とか。シルフィードに鳥捕まえてもらったりね」


 カミーユは事も無げに言ってのけた。


「あのさ……君は野性児か何かなの?」

「この程度で驚くなんて、ケンジはホントお上品だなー」


 摘み上げられた蟹とお口との距離、数センチ。


「わーっ! さすがに生はお腹壊すから! ちょっと待って……」

「何それ? くれるの?」

「のし梅だよ。まったく……お腹すいたなら素直に宿まで帰って来ればいいのに」

「いただきまーす」


 竹皮をめくって現れたキラキラの欠片をカミーユは口に含ませる。


「んむ……おいちー。ケンジも突っ立ってないで座りなよ。何だか落ち着かない」

「ん、それじゃ」


 言われるまま砂に腰を下ろすのを見計らい、カミーユとシルフィードは献慈を両側から挟み込む形に座り直す。


「で、ミオ姉とはどうなった? 答えるまで帰さないから」

「どうなったって……仲直りは、したよ。一応」

「そりゃよかっ……よくないか。あたしのせいであんな騒ぎなったんだし」

「……カミーユのせいじゃないよ」


 献慈のたった一言で、カミーユは察したように眉根を寄せた。


「聞いたんだな。ライナーのヤツ、どこまで話した?」

「……やっぱ鋭いな。えっと……ナントカ騎士団っていう……」

「リュゴー騎士団領な。あの辺リコルヌがいっぱい暮らしてる土地があって、あたしもそこの生まれで……って、もう知ってんのか」




  *




 小さな古い集落にカミーユたちは暮らしていた。

 明るく活発で賢い姉のことが大好きで、来る日も来る日も姉妹揃って野山を駆け回っていた。


 カミーユ十歳のある日、姉と一緒に遊ぶのを禁じられた。


「村に祭られた精霊の継承者にカミーユが選ばれたのです。お前の身体はお前一人のものではないのだから、今後は危険な場所に行ってはならない――親からの言いつけも、姉を強く慕う彼女の心には届きませんでした」


 薪や花を集めて回る姉を、カミーユはその日も無邪気に追いかけていた。

 無論、大人たちの指示は姉の耳にも届いていた。ぐずる妹に根負けして同行を許していたのだ。


 二人が洞穴に近づいた時、運悪くファンガスに遭遇した。毒を持ったキノコ型の魔物である。


「ファンガスの緩慢な動きから逃げ切るのは容易でした。ですがカミーユは運悪く毒の胞子を吸い込んでしまい、村に着く頃には昏睡状態に陥ってしまっていたのです」


 成人したリコルヌであればすぐ分解できる毒も、幼いカミーユには致命的だ。角自体が菌糸の巣と化してしまっては、治癒魔法でも取り除くのは不可能となる。


「角を切り落とせば差し当たって命は助かるでしょう。ですが角を種族の誇りとするリコルヌにとってその意味は重い……ましてや精霊の継承者ともなれば」


 残るたった一つの方法こそがカミーユの命をつないでいた。


「カミーユが目を覚ました時、姉の姿はどこにもなかった。両親や周りの大人たちは口を揃えて言ったそうです」


 姉はお前を危険な目に遭わせた責任を感じ、村を出たのだ――と。

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