2 白粉の調査

 エリー様に声をかけてから施術に入る。必要以上に力を入れすぎないように、手の重みだけで圧迫するようにしてマッサージしていく。


「普段のお手入れはどのようにされていますか?」

「……眠りそうになっていました。これ、気持ちいいものね」

「ふふ。よく言われます。眠りを邪魔してしまってすみませんでした。とても綺麗なお肌なので普段のお手入れが気になってしまいまして……」

「うーん、何もしていないのだけど。ただ、汗はよく流しているかも。体を動かすことが好きなの」

「なるほど! でも、特別にお手入れしていないのにこのお肌は……羨ましいですね」

「そうなのよねぇ……。宝の持ち腐れよねぇ……」


 私とエリー様の正面に位置するソファーに座り、優雅にお茶を飲みながら私たちを眺めていたイザベラ様が唐突に呟いた。心底悔しそうな声色だった。


「うるさいわよ。全然持ち腐れていないし。有効活用しているわよ」

「そんなこと……まあ、間違ってはいないわね」


 なんだかとても仲が良さそうな二人だ。どういう関係なのか突っ込んで聞きたいところだけれど、エリー様のファミリーネームも教えてもらえていないし、余計な口は挟まないほうがいいのだろうと口をつぐむ。


「では、お化粧に入りますね」

「ええ。お願い」


 エリー様はパーツの一つひとつが極上なので、さして手を加えず生かすほうが良さそうだ。ただ、かわいい印象にするなら眉はキリッとしすぎているのと、目もとは少し切長の印象を薄められたらよさそうだ。眉は眉山をできるだけ自然に丸く描き、目もとはラインを黒目の上あたりを気持ち太めに入れ、シャドウは中心から外側にぼかすようにのせる。これで切長の目の印象は薄れ、黒目が強調されてかわいらしい印象になる。あとはチークを頬骨を中心に広く丸く入れ、薄い唇はリップライナーで厚めにラインをとり、ぷっくりと仕上げる。満足のいく仕上がりに笑顔が浮かんだ。


「エリー様、かわいいです! かわいらしい雰囲気のお化粧もお似合いですね」

「あら、エリーそれもいいじゃない。全然雰囲気変わったわね。幼く見えるわ!」

「わお! 化粧ってすごいのね……」


 エリー様は素顔すっぴんで過ごしていても大丈夫そうだけれど、化粧は肌を保護する機能も果たしてくれるし、マナーの問題もあるから避けては通れないだろう。今日もメイクすらしていない様子だったけれど、素顔のままで美しい人ほど逆に化粧が難しいともいえる。せっかく元々持っている極上の素材を、化粧で台無しにしてしまう人もいるからだ。――そう。ソフィアお姉様みたいに。


「エリー様みたいな色白のお肌は日光の影響を受けやすいですし、シミやそばかすが目立ちやすいんです。だから、普段から外に出られるときはお化粧もきちんとしてあげてくださいね」

「ふーん、そういうものなのね。化粧は大事ってこと、今はわかっているつもり。あなたのお姉様のおかげでね」

「そうなんです! ソフィアお姉様、あんなにお美しいのに分厚い仮面みたいなお化粧でその美貌を隠していらっしゃったのですよ!」

「お化粧の効果が裏目に出ていらしたのね。確かに白粉おしろいを厚めに塗り、色白さを演出するのが社交界では流行っていたからね……」


 イザベラ様が合いの手を入れてくれた。


「そうなのです……! 白粉おしろいを塗りすぎているのが問題だったので、それを取り払ったんです。そうしたら、性格まで変わったんですよ。正確に言えば、ですが」

「ああ、それがこの間おっしゃっていた白粉おしろいを改良したい理由に繋がるわけですわね?」

「そうなんですイザベラ様!」

「え、白粉おしろいの改良? 詳しく聞かせてくださる?」


 私はソフィアお姉様に起きた変化に関して、エリー様に詳しく話した。鉛や水銀の健康被害の話は前世で得た知識由来のもので、こちらの化粧品に使われているかということまでは不明だったため伏せたが、化粧品に使われている成分に問題があるのではないかと推測しているということを話した。


「うん……。調べてみる価値はあるね。成分の調査は私に任せてくれる?」

「……! もちろんです! どうすればいいのかもわからなかったので、助けていただいて感謝しかないです! ぜひよろしくお願いします!」

「よかったわね、アイリーン様」

「イザベラ様……! 私の女神様です! 本当にありがとうございます!」

「いいのよ。友達じゃない。お役に立てたようで嬉しいわ」

「女神様ーー!」


 私は感極まって抱きつくという暴挙に出てしまったが、女神イザベラ様はその豊満なお胸でしっかりと受け止めてくださった。


「え……なんでイザベラが女神? 実際助けてあげるのは私のほうじゃない……?」


 私は女神様を崇めるのに夢中になっていて、そうエリー様が呆れたように呟いていたことには全く気づかなかったのであった。

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