06.結実 1

 日差したっぷりの道を進む間は暑さを感じていたが、森の中に入ると涼しかった。

 夏が背中を見せて遠ざかりつつある代わりに、秋が裾を大きく広げ踊るように近付いてきている。秋の恵みを授けてくれる女神ノハリアの来訪を言祝ぐように、鳥や虫が鳴いている。

 ただし、今日は季節の移ろいをゆっくりと感じている余裕はなかった。子供たちのにぎやかな声は、夏と秋の狭間の気配を簡単に吹き飛ばしてしまう。

「こら、一人で先に行くな! ――あ、そっちじゃない! キーヒャ、何してる、おいてくぞ!」

 アミシャにナート、キーヒャと近所の子供たち三人という、なかなかの大所帯だ。最年少の子供はアミシャに手を引かれているが、それ以外は手を繋いだり離したり、気ままである。リアノスも求められるまま手を繋いでいるが、身長差があるので歩きづらい。が、突然走り出してどこへ行くか分からなくなるよりは、手を繋いでいる方がよかった。

 アミシャもリアノスも子供の相手に手一杯で、時には追いかけて走ることもあるので、弁当はナートに任せていた。皆の分が入っている鞄を、ナートは両手で抱えて歩いている。

 リアノスのほぼ横を歩いているナートを見ていたら、視線を感じたのか、目が合った。

「なんだ?」

「いや……歩きにくくないのかと思って」

「そんなことはない。それより、ちゃんと前を見て歩け、リアノス。転ぶぞ?」

 と言った直後、小石でもあったのか、ナートは声を上げてつまずいた。幸い転びはしなかったが、鞄を抱えているから足下がよく見えていなかったのだろう。

「ナート、大丈夫?」

 後ろを歩いていたアミシャが心配そうに声をかける。

「これくらい平気だ」

 ナートは鞄を抱えなおして胸を張った。

 鞄には手提げひもがついているから、それを肩に掛ければ両手は自由になる。掛けた方が歩きやすい、と鞄を預ける時に言ったのだが、ナートは抱えたいと言い張ったのだ。

「鞄を持つのを代わろう。疲れただろう」

 今はリアノスの片手は空いている。その手を差し出すと、ナートは鞄をいっそう強く抱きしめた。

「平気だと言っているだろう。それより、空いているならアミシャと手を繋いだらどうだ」

 思いもしない言葉が返ってきて、リアノスは一瞬固まった。

 今は、キーヒャが最年少の子供の手を引いている。その次に小さな子と、アミシャは手を繋いでいた。つまり、リアノスもアミシャも、片手は空いている。

 後ろを歩くアミシャを振り返る。ナートの言葉は彼女にも当然聞こえていて、目が合った。合った瞬間、アミシャは顔をぱっと赤くして視線を逸らしてしまった。

「……道の幅が狭いから、あまり横に広がるのはよくない」

「照れなくていいのに」

 ナートは不服そうだったが、それ以上は何も言わなかった。

 前に向き直り、リアノスは密かにため息をつく。

 二度と言葉を交わせなくとも、ずっとそばにいると誓った。その誓いに嘘はなく、誓った時の気持ちにも偽りはない。アミシャが目覚めて嬉しいという気持ちにも、嘘はない。

 だが、十年という歳月が、リアノスとアミシャの間にできてしまった。リアノスはとっくに大人になってしまったが、アミシャはいまだ少女なのだ。十年前と同じように接する訳にはいかず、かといってよそよそしくするのは悲しい。アミシャとの距離感を、リアノスはまだ掴み切れていなかった。

 そして、目覚めた当初は昔と同じようにしていたアミシャも、同じようにはいかないと徐々に感じているのだろう。リアノスの態度が、彼女にそう感じさせているのかもしれないが、以前より距離を置くようになっている。それはそれで、胸の奥が鋭く痛む。

 ただ、さっきのアミシャの態度からすると、気持ちが遠くに離れたわけでもないらしく、安堵もしていた。

 どうするのが一番いいのだろう。照れるアミシャの手を取っていたらよかっただろうか。しかし、いかんせんリアノスはもう大人だ。キーヒャたちはともかく、アミシャと手を繋ぐのは、ティサにいるアミシャと同じ年頃の子供たちの目にどう映るやら。

 せめてあと五年は経たねば、握れないかもしれない。それまでアミシャは待ってくれるだろうか。

 しかしこれが平穏というものか、とリアノスはしみじみと思った。アミシャとのことは複雑な気分にもなるが、守人をしていた時のような鬱々とした気分からはずいぶんと遠い。

 この先もこういう日々が続くのだろうなとのんびり思っているうちに、ココリの畑に辿り着いた。

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