05.先代と当代と〈災いの元〉1
封印役は、十五歳になる前に百年の眠りにつく。役目を勤め上げ、百年後にちゃんと目覚めるが、その時知り合いは誰ひとり残ってはいない――。
知り合いがいないだけではない。百年という時の流れの無情さは、習慣などの違いでも元・封印役に容赦なく襲いかかる。小さく、華やかで賑々しいという都市の気配は微塵もないこの里でも、百年前と今では、色々と変わっていたらしい。
百年後の世に目覚めて苦労するオスタムを、リアノスは間近で見てきた。目覚めたばかりの頃は、親戚ということでリアノスの家にいたのだ。
もっとも、オスタムは眠るまではティサで暮らしていたし、役目を終えた封印役を労らねばならないと皆も積極的に協力していたので、現在の暮らしになじむまでに、そう長くはかからなかった。そして、誰よりもオスタムの世話を焼いていた娘と夫婦になったのである。今では三児の父親で、生まれたのは百数十年前とは思えないほど、今のティサになじんでいるように見える。
一見すれば、幸せそうだ。けれど、百年という時間を飛び越えた先で生きることになった彼の本当の胸の内を、リアノスは知らない。オスタムも語りはしない。想像するしかなかった。
「ナートは、少しは畑仕事ができるようになったのか?」
「ええ、まあ、少しずつは」
「あまり甘やかすなよ。――アミシャのことも。二人には早く一人前になってもらわないと」
少し険のある声だと思うのは、リアノスの気のせいだろうか。
「二人とも、頑張ってますよ」
リアノスの言葉に、オスタムは肩をすくめただけだった。
「うちの畑のお裾分けだ。長に届けてくれ」
以前は、供物にと収穫した野菜などを持ってきていたオスタムは、今は長にと持ってくる。食い扶持がひとり増えたから、気遣っているのだろう。
「キーヒャ、帰るぞ」
オスタムは野菜の入ったかごをリアノスに渡すと、アミシャたちとはしゃいでいる娘を呼んだ。キーヒャは抗議の声を上げたが、朝ご飯はいらないのか、と言われると「いる」と飛んできた。
「またねー!」
オスタムに手を引かれながら、アミシャとナートに手を振り、去っていった。
小さな子供たちにとってアミシャももはや知らない存在だったが、オスタムは頻繁にここへ来るから、キーヒャはすっかりアミシャとナートになついていた。
「リアノス。僕たちも朝ごはんを食べに帰ろう。おなかペコペコだよ」
「そういうせりふは、もっと働いてから言うんだ」
さっきオスタムに託されたかごを、ナートに渡す。とれたての野菜を見て、少年は歓声を上げた。
「オスタムさんから、お裾分けだ」
「ムカガとウルスタが喜ぶな」
ティサの長夫婦はもう孫もいる歳だが、ナートは誰のことも呼び捨てである。
「きっとまたお返しを用意するだろうな。その時は届けてくれよ、リアノス」
「……いいけど」
オスタムにしろ、ナートにしろ、リアノスを介さないで直接渡せばいいのにと思うのだが、オスタムはナートを避けているようだった。
「リアノス、ナート。またあとでね」
アミシャのこともである。
〈災いの元〉と、十年で目覚めてしまった自分の後釜に対して、色々と思うところがあるのだろう。――おそらく、あまりいい意味ではなく。
この十年、自分は眠るアミシャをただ見守っていただけで、ずいぶん気楽な立場だったのだ。
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