第37話 岬の天文台

 日も落ちて、ようやく僕らは岬の天文台に到着した。

 市場の案内所で聞いていた通り、そこは廃墟だった。遠くから見ると真っ白な美しい建物に見えたけど、近付くと外壁のコンクリートはあちこちヒビが入って崩れ、汚れやフジツボのようなものがびっしりついている。

「……おじゃましまーす……」

 中に入ると、いっそうひどかった。

 屋根のある建物に泊まれるという期待は、一瞬で消えた。

 かび臭い。電気がつかないので、ドゥークの荷物からランプを取り出して照らす。

「うっ……」

 壁紙はめちゃくちゃに破れ、調度品も乱雑に倒れて軒並み壊れている。

 そこかしこに蜘蛛の巣がぶら下がっている。虫や小動物も紛れ込んでいそうだ。

 腐ったようなにおいは、食糧をそのまま捨て置いてここが放棄されたからだろうか。

 ひと目で、モンスター襲撃の跡だと察せられた。

 僕らは口をつぐんでじっと息を潜める。先程までの浮かれた気分が一気に萎む。

 壁に刻まれた鋭い爪の跡。ハリケーンに遭ったような室内。……これまでに遭遇したことのない巨大なモンスターに違いない。

 そもそもここに来るまでにほとんどモンスターに会わなかったのもおかしなことだった。きっと、巨大モンスターにここら一帯が駆逐されてしまったのか、それともあまりに恐ろしいモンスターだから他の連中は逃げ出したのか。いずれにせよ剣呑だ。

 ドゥークは一人で天文台の中を探索するから外で待っているように言ったけれど、みんな彼のそばを離れたくなくて、結局四人でひっつくようにして天文台の内部に進む。

 個人の研究者による、住居兼研究施設のようで中はそれほど広くない。

 まずは、階段を一番上まで上って展望室に上がる。半球形のドーム屋根は半ば朽ち果て、雨ざらしの部屋はボロボロだ。たぶん、スイッチを押すと屋根が動く仕掛けになっているようだけれど、すべて錆びついてしまっている。大型の天体望遠鏡も、遥か上空に先端を向けたまま、レンズもなくなり、中は何かの巣になっているようだった。

 さいわい、というか、崩れた屋根から差し込む星明りで、徐々に僕らの目も暗闇に慣れてきた。

 皆でぐるりと確認するが、所有者の手掛かりは見つからない。

 ガサガサッ、と部屋の隅で物音がする。

「キャッ」

 たぶん、虫だろう。ほとんど外みたいなものだから。

「もう行こう」

 ここには何もない。

 ミシミシと鳴る階段を下りて、二階の研究室のドアを開ける。

 木製の大きな机と、壁一面に備え付けられた本棚がある。何冊か手に取ってパラパラ捲ってみたけど、僕は字が読めないし、ドゥークとイチハにも専門的過ぎてお手上げのようだった。

「地図でも見つかればいいのだが」

「でも、所有者がまたここに帰ってくるかもしれないし、よその家を勝手に漁るわけにも……」

 と二人が相談しているのもお構いなしに、兎のミミがあちこちの引き出しを無遠慮に開けていく。

「なーんにもないです!」

 ぷりぷりしながら部屋中ひっくり返す。

 たぶん、研究者はモンスターに襲われる前にここを脱出したのだろう。めぼしいものは何も残っていない。

 正直、天文台の中で亡骸を見つけてしまったらどうしようと思っていたから、ほっとした。

「発見ですー!」

 ミミが、机の引き出しを抜いた奥から、金色の円盤のようなものを見つけた。

「懐中時計?」

 僕が訊くと、ミミはぷぷぷ! と笑った。

「羅針盤ですよ! これで、いつまで経ってもドゥーク様みたいに星の読めない坊ちゃんでも、方角が分かりますねえ!」

 なんてムカつく言い方をする。けど、怒る気にはならなかった。カラ元気だと分かるから。羅針盤を渡してくれたミミの手は震えてた。

 結局ここでも大したものは見つけられなかった。

 引き出しや棚には、一度誰かがひっくり返したような痕跡があったから、すでに盗賊なんかが物色した後なのかもしれない。

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