少年と黒魔術師

七村 圭(Kei Nanamura)

少年と黒魔術師

本文

ワタル「ベザレルさん? ベザレルさん!」


ベザレル「――なんだ。だれかと思えば。珍しい人間がやってきたものだ。こんなかび臭いところにいったいなんの用だ」


ワタル「なんの用だ、じゃないよ! ベザレルさんが殺人の罪で捕まったって聞いて――。僕、あわてて王様に頼んで、ここの面会を許してもらったんだ」


ベザレル「フフ。年端もいかぬ鼻たれ小僧も、ずいぶんと出世したな。この世界にきたころから思えば見ちがえるようだ。子ザルのような背格好は、あいかわらずだがな」


ワタル「そんなことどうでもいいよ! ……ベザレルさん、人を殺したって、本当なの? 町で店の食べものを盗もうとして、捕まえようとした店の人の命を奪ったって――」


ベザレル「そんなわけがあるか。おおかた犯人捜しが難航したから、捕まっても皆が納得するような者を犯人にでっち上げたのだろう。黒魔術を使っていれば、こういう濡れ衣(ぬれぎぬ)はよくある。悪魔の力を使う人間は、世間から受け入れられないということだ」


ワタル「そんな……。そんなの、ひどすぎるよ!」


ベザレル「そうやって同情してくれるのはありがたいがな。これが世間というものだ。ワタルひとりがいくらわめこうが、そうやすやすと変わることはない。一度人々に根付いてしまった印象は、なかなかぬぐえぬものなのだ」


ワタル「でも、こんなのぜったい間違ってるよ。僕、王様に頼んでベザレルさんをここから出してもらうようにお願いしてみるから!」


ベザレル「私にかまうことはない。こんなことはもう慣れている。ワタルは、さっさと魔王討伐を進めればよい」


ワタル「ダメだよそんなの! 僕の命の恩人がえん罪で牢屋に入れられているのに、だまって旅を進めるなんてできないよ」


ベザレル「――おまえは、本当にやさしい心の持ち主だな。少々過ぎるくらいに」


ワタル「ベザレルさん、僕はこの世界にきて、ベザレルさんから教わった黒魔術のおかげで、何度も命を救われたんだ。その黒魔術が、この世界の人たちにとって良くないものだなんて、いまだに信じられない。でもたしかに、魔法で町の魔物を追い払ったら、助けた人が逆に僕を怖がったりしたことがあったんだ。王様にも、黒魔術を使うのをやめるよう忠告された。勇者には似合わない、人々が恐れるから、って」


ベザレル「なら、白魔術に乗りかえればいい。いまからでも遅くはない。黒魔術は封印して――」


ワタル「でも僕は! 僕は、ベザレルさんに教えてもらったものだから。これからもずっと、黒魔術を使っていきたいと思ってるし、そう王様にも言ったんだ。だから……だからベザレルさん、教えてほしいんだ。黒魔術のことを。黒魔術って、そんなに悪いものなの?」


ベザレル「――黒魔術は、人々が憎む悪魔の力を借りて発現する魔法だ。世間一般で使われている白魔術と違い、魔物が使うこともある。その魔法で親兄弟を殺された者もいるだろう。だからこそ、この世界では黒魔術を禁じ、白魔術のみを使うを良しとする」


ワタル「そう、なの……?」


ベザレル「古来、魔術とは自分の魔力を糧に、物質をあやつる術(すべ)として用いられてきた。時代が進み、人間がさまざまな生活を送るうち、魔術は多種多様なものとなった。だが魔術を使っていたのは人間だけではない。魔物も魔術を使い、それを進化させていった。炎や氷、雷の力を、私もワタルも当然のように使っているが――元々、魔術はだれかを傷つけるものではなかった。生活をより豊かに、便利にするために存在していたのだ。

 だがやがて人と魔物が激しく争う時代となり、魔術には「便利さ」よりも「力」が求められるようになった。そこで魔術が寄る辺(よるべ)としたのが「神」と「悪魔」の力だった」


ワタル「それって、白魔術が「神」、黒魔術が「悪魔」の力を借りたっていうこと……?」


ベザレル「うむ。そして人が崇めていたのが神、魔物が崇めていたのが悪魔だった――といいたいが、本当は少し違う」


ワタル「えっ?」


ベザレル「神、悪魔、という呼び名は、人の側が勝手に決めたものだ。その二つはあらゆる精霊の力を超越したものだというだけで、本来は同じ存在。ただ人が力を借りているものを神、魔物が力を借りているものを悪魔と、人がそう名付けただけなのだ」


ワタル「神と悪魔が、元は同じ――」


ベザレル「神、悪魔という言葉が浸透するうち、言葉そのものが力をもち、本当は同じだったものを二つに分けたのだ。「神」は善、「悪魔」は悪、と。つまり、人間は自分たちが力を借りたものを神とし、その魔術を白とした」


ワタル「反対に、魔物が力を借りているものを悪魔とし、その魔術を黒とした――」


ベザレル「うむ。黒魔術を使う者として、ワタルはこうした歴史を知っておいたほうがよいだろう」


ワタル「じゃあ、だとしたら……やっぱりこの世界で魔術を使うなら、白魔術のほうが都合がいいってことなんじゃ――」


ベザレル「では聞くが、それでもあえて黒魔術を使うことの利点は、分かるか」


ワタル「(戸惑いつつ)えっ?それは――。あ、攻撃魔法が多いこと、かな。白魔術は人の傷や病気を癒す魔法が多いけど、黒魔術は戦うためのものが多いから」


ベザレル「ふん。だからワタルは若僧だというのだ。まだまだ魔術師としての思慮が足らんな」


ワタル「う……ごめんなさい……」


ベザレル「フフ、冗談だ。――黒魔術は魔物が使う。ということは、黒魔術に通じることで、我々と対立する魔物に取り入れるということ。目的は、黒魔術を使うことそのものではない。黒魔術を使う魔物を深く理解し、対応することが真の目的だ。魔物と戦うためには欠かせぬことなのだ」


ワタル「でも、実際には黒魔術を使うと、みんな魔物と同じ力を使ってるって、怖がるんでしょ。それでも黒魔術を使い続けなければいけないの? どんなに非難されることでも……?」


ベザレル「そうだ」


ワタル「……僕にはできないよ。だって元の世界でもいじめられてたし、自分の意見なんか、全然言えなかったし……。責められたら、なにも反論できないと思う……」


ベザレル「ワタルは、元の世界でいじめられていたのか?」


ワタル「うん。あの……ベザレルさんには言ってなかったけど、僕、元の世界では、いじめられてたんだ」


ベザレル「なににだ。強大な魔物にか。だがワタルの世界には魔物がいないはずだ。とても安全な世と聞いていたが」


ワタル「違うよ。そういう意味じゃなくて――。僕の学校の同級生に、その、いじめられて……」


ベザレル「ほう。具体的になにをされたのだ」


ワタル「その……(辛い過去を思い出し口をつぐむ)」


ベザレル「――分かった。言わなくていい。そうか。ワタルにもいろいろあったのだな」


ワタル「うん……。いつも魔物が外にうろついているこの世界に比べたら、ちっぽけな悩みだろうけど」


ベザレル「それは違う」


ワタル「えっ」


ベザレル「悩みとは自分との対話だ。人は生まれてくれば、多かれ少なかれつらい目にあう。それはどこの世界に生まれても変わらない。そもそもワタルは優しい心の持ち主だ。少々過ぎるほどに。他人に悩ませるより、自分が悩むほうを知らず知らずのうちに選んでいるのではないか」


ワタル「わからないけど……僕は気が弱いから、そうなっただけで。それにこの世界で黒魔術を使い続けてたら、いろんな人から責められて……そんなの僕、耐えられないよ……」


ベザレル「そうかな。いまのワタルと、ここにきたばかりのワタルでは、別人だぞ」


ワタル「えっ?」


ベザレル「ワタル自身が言っただろう。王様に黒魔術をやめるよう忠告されたとき、おまえは「ベザレルさんに教えてもらったものだから」と反発した。おまえはこの世界に転移してから、すでに変わっている。成長している。そのことに自信をもて」


ワタル「ベザレルさん……」


ベザレル「ワタル。大事なのは、誰から非難されても、自分が正しいと信じたことを貫く勇気だ。それはきっと孤独な作業だ。打ちのめされてつらい気持ちにもなるだろう。しかし負けてはいけない。敵は世間ではない。自分の中にある弱い心だ」


ワタル「自分の、心……?」


ベザレル「そう。負けるのは他人ではない。自分に負けるのだ。他人とは、自分を写す鏡。自分に負ければ他人が非難する。だが自分に勝つことができれば、自分の価値を認めてくれる者がどこかに必ずいる。私はそう信じている。

 ふふ。少々弱気だったかな。……衛兵がきたぞ。そろそろ面会時間も終わりだ」


ワタル「待って、ベザレルさん! 僕、まだ聞きたいことがいっぱいあるんだ!」


ベザレル「残りは自分で答えをみつけろ。いま言ったばかりだろう。もっと自分に自信をもて」


ワタル「じゃあ……じゃあ最後に、ひとつだけ教えて。ベザレルさんは白魔術も使えるんでしょ。なのにどうして僕に、黒魔術を教えてくれたの……?」


ベザレル「(去り際に)――ワタルには、黒の方がよく似合うからだ」


ワタル「ベザレルさん……。ベザレルさん、またぜったい来ます! そしてまた僕に、黒魔術を教えてください!」


ベザレル「ああ」



(長い間)



ベザレル「フフ。――ゴホッ、ゴホッ――がはッ!(吐血)

 ……次まで生きていられれば、だがな。フフッ。馬鹿馬鹿しい。私はなにを期待している。

 ワタルよ。黒を教えた私の目に間違いはない。まっすぐ歩け」


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