新しい朝、ふたりの世界。
うっすらと聞こえた犬の鳴き声で目が覚めた。俺の前には穏やかに目を閉じている
どうにか起き上がって熱がないことを確認してやりたいけど、眠すぎて手をあげることだってできない。まぶたを閉じずにおくので精一杯。
と、和の長い
「ひめちゃん、おはよ」
「はよ……」
「年明けちゃったね」
「ん」
「今年もよろし、く……って、あれ?」
「……」
「寝ちゃった?」和の
思わずパッと目を開いて、時計を確認した。デジタルの数字は一月一日の午前九時半をすぎた頃で――というか、四度寝?
「どしたのひめちゃん、急に起き上がっちゃって」
「あー、いや別に……」起こしていた身体を保つ力もふにゃふにゃと消えた俺は、そのまま元いた布団の中に戻る。「カウントダウンできなかったな、って」
「ね、ふたりで一緒に声揃えてやりたかったけど、寝ちゃったからねぇ」
そういえば昨日の夜、和は時間をかけながらちゃんと梅粥を食べてくれたし、その後薬を飲んでまた眠りについた。一方で俺はと言えば、和がすうすう寝息を立てるまでそばにいて、それから年越しそばをひとりで
――本音を言えば、寂しかった。こんな近くに恋人がいるっていうのに、それなのに俺はひとりで。
真っ直ぐ見つめれば、目の前のこいつは優しい笑みを浮かべながら俺の瞳を覗き込む。まるで俺のこの気持ちを全部見透かすように。
「……あー、熱は? もういい?」
「ほら」和の
和の言う通り、手に伝わってくる体温は確かに平熱らしかった。
「ん、よかった」
言いながら俺は仰向けになる。自分の手を和からするっと抜けさせて、目にかかった前髪をかきあげた。未だ少し重いまぶたをこじ開け、瞳だけ動かして和を見る。色素の薄い髪がさらさらと凪いでいる。大きな目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
――やっぱり美人だな。
さっき身体を起こせたのが嘘みたいに、また眠気が襲ってくる。目を開け続けることも難しくなってくる。なんてったって、こんなに自由は日なんてそうそうない。九時まで寝ていたって誰にも文句を言われず、十時まで転がっていたって仕事のことを気にしなくていい。幸せだ。
頭の上に置いていた右手が、ゆるゆると落ちていく。
「あれ、ひめちゃん?」
右耳に和の柔らかな声が届く、動く気配と一緒に。
何か企んでいるらしいが、それに応えられそうもない。このまま目を閉じたまま十秒でも経てばきっと、もう一回眠れるだろう。ついに人生初の五度寝だ。
が、胸の辺りに和の重さを感じて、思わず目を開き――。
「ね、かまってよ」長い髪が俺の頬にかかっている。「今年最初のキスだよ?」
「おい、お前さ……少しくらい寝かせてくれよ……」
和はぷくっと頬を
小さくため息を吐いてから、マットレスに手をついて今度こそちゃんと身体を起こそうとするが、和がそれを阻止する。苦しいくらいに思い切り体重を俺に乗せて、腕をベッドに縫い付けて。俺よりだいぶでかいんだからそこまでやらなくたって、俺の自由はもうないってば。
「おれはさ、ひめちゃんからの待てに従ってだいぶがんばってたと思うんだけど?」
……そんなこと言われたら呆れもする。こいつは本当に昨日熱を出してたんだよな? 朝から元気で結構なもんだ。
「あのなぁ、待ても何も、お前が勝手に風邪ひいて勝手に待たされてたんだろうが」
「何それ! おれは熱出す前からずぅっと待ってますけどー?」
「……ってか、よしって言うまで我慢できないなんて、とんだバッドボーイですね?」
「ふん、いいもーん。おれ、悪い子だから」
耳にかかっていた和の綺麗な髪がおりてきて、俺の首を
自分の一方の腕を和から逃れさせ、さらりと触れる。大きくため息を吐いて、綺麗な髪を和の耳まで持っていってやる。
「あー、ところで」
「おれは雪でひとり遊びするより、ひめちゃんとふたりで
目を合わせてふたりで笑う、それからすうっと笑みを抜いていく。
「よし、おいで――」
お題:新しい朝
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