三人、鍋を囲む。

 玄関からガチャっと解錠の音が聞こえてきた。やっと帰ってきたらしい。鍋に足りないものを買ってきてくれとのどかに頼んだはいいが、それだけにしてはだいぶ遅かったようだが。

「ただいま! 買ってきたよー!」

 リビングには空のカセットコンロと、キッチンには火にかけてある鍋。せっかくだからカセットコンロの火にかけて食卓で鍋パーティーでもしようと言ったはいいが、コンロのガスが切れていた。冷蔵庫を見ると締めになりそうなものはひとつもなかったし、そのうえ飲み物も水かお茶しかなかった。ってなわけで、俺が食材を切って準備する担当、和が買い出し担当に分かれたのだった。

 扉を開けて玄関の方に行ってやると、頭やら肩やらに雪を乗せっぱなしの和が見えた。

「家に入るのはちゃんと雪払ってからって、何回言ったら覚えるんだ? 子どもじゃないんだから……いつも家がびちゃびちゃなのお前のせいだぞ」

「でもひめちゃんがやってくれるからいいんだよ」

「お前がやらないから俺がやってるんだよ……」

 そんな会話をしていると、玄関がもう一度開いた。が、そんなことは気にせず和は「締めはうどんで良かったよね? ラーメンと迷ったんだけどさ」なんて言ってる。これは――?

「酒もないって聞いたから、選んでやったぜ」

 聞き覚えのある声に、見覚えのあるアッシュグレーの少し長い髪。そいつはいつも通りに派手なアクセサリーを耳やら指やらに着けている。

「それで、お前は何でここにいるんだよ、桜太郎さくたろう

 チューハイやらリキュールやらシードルやらが入った袋をかかげた桜太郎は、しっかり玄関の外で雪を払ってきたらしい。まあ、こいつは俺と同じ家庭で育ってきてるからな、そりゃそうか。

「ねね、ひめちゃん知ってた? さくたろうくんのさくって桜って書くらしいよ」

「……俺は桜太郎の兄ですが?」

「そうなんすよね、こいつ実は僕の兄ちゃんなんすよ。びっくりすよねぇ」

 話を聞いてやると、近くのスーパーで足りないものを買って帰ろうとしたところに、店の関係で買い出し中の桜太郎を見かけたらしい。だからって桜太郎が家にあがって来るのはよくわからないが。

「てな感じでさくらくんと会っちゃってね」

「ねー」

「ねー、じゃないっての。なんで仲良くなってんだよお前ら……」

 確かによく見れば、桜太郎の右手には酒の入ったビニール袋があるが、左手には店で使うのか――桜太郎はちょうど一ヶ月前ほどに、父親の反対を押し切ってバーを開いた――グラスがいくつか入っている。家でもよくコップを割っていたから、店でも同じようなことをやっているんだろうと見た。でないとこんなに大量にグラスを買うなんてしないだろうし。

「この後鍋パするんだよ〜って言ったら参加するってさ」

「ってさ、じゃないんだよな……見つけたからって連れて来るなよ」

「いいだろ、鍋パなんて人が多い方が楽しいんだからさ。ってかコタツないのかよ」

「ねー、買ってほしいんだけどさ、ひめちゃんがダメだって」

「買う訳ないだろ、実家にもなかったんだぞ」

 何だかんだ言いながら鍋パーティーは始まった。

 和のお気に入りの服屋の話から、俺の最悪な勤務環境の話から、桜太郎の経営する新しいバーの話まで。いろんな世間話をした。桜太郎が買ってきた酒は、気付けばだいぶ減っていた。

「よし、じゃあうどん入れるか」

 俺が具材のなくなった鍋を持ち上げてキッチンへ行こうとしたとき、桜太郎のスマホに着信が入った。

「んあー、悪い。常連さんから電話来たわ」

 心なしか嬉しそうな顔をしている、ような気がする。桜太郎はスマホを耳にあてながら、玄関側にさっさと寄っていく。

「まだ開店して一ヶ月って言ってたよな」

「さっき家来るまでに聞いたんだけど、意外と繁盛はんじょうしてるみたいだったよ。毎日のように通ってくれる人がいるんだってさ」

「ふうん?」後ろを向きになった弟を見てやると、耳と首を真っ赤にさせているのが目に入った。「なるほどな、何か察しついたわ」

「ね」

 俺は和と顔を見合わせてから、桜太郎の電話内容に耳を傾ける。

「あー、すいません、買出し行ってたんすけど――そっすね、もう終わったんで、はい――っすね、いつもので良いすか――待っててくださいね、すぐ行くんで!」

 手際よくコートやらマフラーやらを身につけながら、桜太郎は電話を切った。

「ごめんっ! そういうことだからさ、うどんはふたりで食べといて!」

「もとからそのつもりだったっての」

「走ったら転ぶからね、気をつけるんだよ桜くん」

「佐瀬さん、恋兄こいにいのことよろしく頼んます! んじゃ、あざした!」

 ばたばたと駆けてく足音が聞こえる。

「なるほどなぁ」思わず同じ反応を繰り返す。「あいつもいろいろあるんだな」

「桜くんもうまいこといくといいねぇ」

「ま、あいつなら上手くやるだろ」

 鍋にうどんを入れてグツグツ煮込む。

「ん、そうかもねぇ」

「……なんかあったら」菜箸で鍋をつつきながら、桜太郎のことをうっすら考える。「和の方からも何かしてやってくれ」

「ふふ、弟思いなんだね」

 言いながら和は、後ろから俺の肩にあごを乗せてくる。そのままその腕に包まれて、温かさで心が解れる。

「まあそりゃ、家族には幸せになってもらいたいだろ」

「おれも桜くんには幸せになってもらいたいなぁ。もちろん、ひめちゃんにもね? あれ、ってことはおれたちも家族?」

「……なんだそれ」

 ふたりでうどんを頬張る。少し煮込みすぎたのか、柔らかすぎるくらいだった。

「ね」和はりんごジュースでうどんを流し込みながら言う。「やっぱりさ、コタツはあったらいいと思うんだよね」

 去年もそうだったが、冬になると毎日のようにこんなことを言ってくる。コタツなんて、あってもなくても同じだろうに。というかあった方が動かなくなるのに。

「あー……」でもまた三人で鍋を囲むんなら、あっても悪くないのかもしれない、とか。「考えておくか」

 目の前の和は雪も溶けそうな満面の笑みだった。


お題:炬燵/鍋パ

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