聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~

さとう

第一章 聖剣に嫌われ、弓に愛された少年

プロローグ

 この世界には、神様が作った七本の聖剣があるんだって。

 その剣は、魔王を倒すための武器なんだって。

 魔王? 魔王は……わかるでしょ? 一度、この世界を征服した四人・・の魔王。魔族を束ねる、魔界の王様たちのことだよ。

 人間は、魔王たちに負けた。そして……住む場所を奪われて、ほんのわずかに残った領地を七分割して、それぞれの聖剣に守らせてるんだって。

 七本の聖剣を守る《聖剣士》たちが、七つの領地に国を作ったの。魔王たちも、聖剣に守られた領地には手が出せず、人間たちは少しずつ、少しずつ、力を回復していったの。

 でも、魔王たちは諦めていない。ううん……勝利を確信している。

 だから、ゲームを始めたんだ。

 どの魔王が、聖剣を壊して人間の領地を奪えるか。


 忘却の魔王、愛の魔王、嘆きの魔王、快楽の魔王。


 四人の魔王たちによる、人間の国を滅ぼして奪うゲームが、始まったんだ。


 ああ───でも、みんな忘れてることがある。

 もう一人だけ、いたんだ。

 四人の魔王以外に、もう一人。


 人のやさしさに触れ、人と一緒に生きようとした、大罪の魔王が。


 大罪の魔王は、四人の魔王に封印されちゃったんだ。

 封印されてどうなったのかは……誰も知らない。

 聖剣を作った神様にも、封印した魔王たちも、人間たちも知らない。


 でも、大罪の魔王は生きている。

 どこかで、誰かが封印を解いてくれるのを、待っている。


 もし、その魔王が誰かと一緒に───人間のために戦うとしたら?

 魔王を討つための聖剣ではなく、魔王に封じられた魔王が、魔王を討つとしたら?


 そんなこと───あり得ないよね。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「何故、素振り一つできないんだ、お前は!!」


 響く怒声、ビクッと震える少年の肩、少し離れた場所でため息を吐く少女。

 ここは、中央諸国トラビア。

 騎士爵ティラユール家の治める領地。ティラユール家の屋敷にある訓練場である。

 木剣を握る少年は、ティラユール家三男のロイ。マメだらけの手で木剣を強く握って振り下ろすが、剣の軌道はフラフラ、ヨロヨロとして頼りない。

 ロイの父であるバラガン騎士爵は、額に青筋を浮かべながら木剣を両手でへし折った。


「どうして、どうして貴様は……!! 無能なのだ!? 貴様に剣を教えて十四年、貴様の兄と姉は『聖剣士』として王都で素晴らしい騎士となり国に尽くしているというのに、なぜ貴様は……!!」

「も、申し訳ございません……父上」

「ええい!! 貴様を見るとイライラしてしょうがないわ!! 見ろ、わが騎士マリオの娘、エレノアを!! 貴様と同い年で、剣を握って一年足らずなのに、もう貴様では相手にならんほどの実力を持っている!!」


 綺麗な赤髪をポニーテールにした少女、エレノア。

 木剣を優雅に振っているが、その軌道は流麗で、ロイとは比べ物にならない。父マリオの指導を受け、ロイのことをチラッと見てすぐに反らした。

 バラガンは、俯くロイに近づく。


「いいか!! 貴様も知っているだろう? 我がティラユール家は『聖剣王エドワード・ティラユール』の血を引く至高なる剣士!! 『聖剣』にこそ選ばれないが、その実力は七大騎士に匹敵する!! 貴様は、家名に泥を塗る落ちこぼれということを自覚しろ!!」

「は、はい……」


 ロイに指をさし、怒鳴りつけるバラガン。

 そして、鼻息を荒くしていう。


「もうすぐ『聖剣の選抜』だ。王都にある『聖剣教会』で、貴様に合う聖剣を手に入れることになる……どのような聖剣を手にするかはわからんが、ティラユール家に恥じぬ聖剣を手に入れるように」

「はい……」

「フン、罰として今日はメシ抜きだ。部屋に戻っておれ!!」


 雷のような怒鳴り声だった。

 バラガンは屋敷に戻った。

 残されたロイは、大きくため息を吐き、木剣を拾う。


「…………はぁぁ」

「何ため息吐いてるのよ、ロイ」

「……エレノア」


 エレノア。

 バラガンの部下であり右腕の騎士マリオの一人娘。

 赤い髪をポニーテールにして、汗を手ぬぐいで吹きながらロイの元へ。

 幼馴染であり、かつてはライバルだった……今では、ロイなんて相手にならないほどの腕前だ。

 エレノアは、ロイの木剣を見て言う。


「あんたさ……どうして、まともに素振り一つできないの?」

「……わかんないよ。ちゃんとやってるつもりだけど」

「できてないでしょ? ったく……そんなんじゃ、ほんとに追い出されるわよ? 使用人たちが噂してるわよ。『聖剣の選抜』で剣を手に入れられなかったら、あんたはティラユール家から追い出されるって」

「…………」

「何か言いなさいよ。あんた……ほんとにそれでいいの?」

「仕方ないだろ。俺……落ちこぼれだし」


 次の瞬間、エレノアの拳がロイの腹を軽く打つ。


「いでっ」

「そういう卑屈で諦めたような言い方、嫌い」

「…………」

「聖剣の選抜はあたしも行くけど、ちゃんと見届けなさいよ。あたしも、あんたのこと見届けるから」

「……俺みたいなやつに合う『聖剣』なんて、あると思うか?」

「あるわよ、きっと」


 エレノアは、少しだけ微笑んだ。

 すると、騎士マリオがエレノアを呼び、エレノアは「あとでパン持って行くから」と言い、走って行ってしまった。

 

「はぁぁ……仕方ない、今日も行くか」


 ロイは木剣を片手に、ティラユール騎士領地にある裏山へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 ティラユール家の裏山は、動物と魔獣の宝庫。

 ロイは、裏山の入口に隠してある『弓』と『矢』を手に取り、矢筒を確認して森の中へ。

 

「ウサギでも狩るか」


 そう呟き、音もなく近くの木に登る。

 枝に立ち、眼を凝らすと───……見つけた。

 約1258メートル先・・・・・・・・・・で、草を食むウサギの姿を。

 ロイは「シュッ」と息を吐き、矢筒から手製の矢を抜き、同じく手製の弓の弦に掛けて引く。

 森と気配を同化させ、弦かあら手を離すと、矢が飛んだ。

 約1・2キロ先。様々な障害物がある。

 森は木々で乱れ、藪もあれば期から伸びる枝も、蜘蛛の巣や飛び回る小さな虫もいる。それに矢が当たれば軌道が変わり、1・2キロ先にある物に着弾させるなど不可能だ。

 だが───ロイの矢は、飛んだ。


『ギュッ!?』


 ウサギの腹に、矢が突き刺さった。

 枝と枝の間を抜け、蜘蛛の隙間をくぐり、飛び回る虫も、空気抵抗すら計算し、1200メートル先にいるウサギの腹に、矢を命中させた。


「よし、回収しに行くか」


 ロイは、誇るでもなく、当たり前のことをしたように枝から枝へ飛び移り、仕留めた獲物を回収しに向かった。

 ロイは、考えてすらいない。

 聖剣という絶対的な武器が存在するこの世界で、弓というマイナーな武器で獲物を狩るということを。

 その弓の才能が、人類最高レベルのモノだということ。

 当たり前のように仕留めた腕前が、神がかっていることも。


「あ、そろそろ弓の調整しないとな……」


 ロイは、弦を引きながら移動する。

 大人が十人がかりでようやく引けるほど張りの強い弦を、指だけで引いていた。

 ウサギを回収し、解体しながら思う。


「聖剣か……選ばれなかったら追放とか。その時は、どこかの山で狩りしながら暮らすのもいいかもなぁ」


 そんなことを呟き、ウサギの肉を持って山を下りた。

 ロイは知る由もない。

 聖剣が人間最強の武器であるこの世界で……ロイの『弓』が、世界を変えることになるかもしれないということに。

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