99日目 美織の決意
7月16日、蒸し風呂のような体育館で、修平は練習に励んでいた。
「全体的に力が入りすぎ。力入れるのはボールを打つ時だけでいいから。」
修平は1年生の相手をしてながら練習して、アドバイスを送った。
「小柴君、一緒に練習してもらってもいい?」
美織がめずらしく、練習相手に小柴を指名していた。小柴もちょっと驚いた表情だったが、美織の誘いを断ることなく一緒に練習を始めた。
小柴が力の差をみせようと、速い打球を打ち続けるが、美織はそれにしっかり対応してレシーブし続けた。以前の修平の時と同様に、相手に対応されつづけるとミスがでるのが小柴の悪いところで、今回もラリーが続くとネットに引っ掛けたり、オーバーしたりとミスを連発していた。
「もういいだろ。」
不満気な表情で小柴が練習を一方的に打ち切った。美織に負けたのが納得いかないようだ。
「ありがとう。速い打球に対応できるか試してみたかったから、いい練習になったよ。やっぱり小柴君は、パワーが違うね。」
美織が最後に褒めたことで、小柴の不機嫌な表情も少し和らいだ。
練習を終え蒸し風呂のような体育館を出ると、外の気温も30度を超えているのに風がある分だけ涼しく感じる。帰り道のコンビニでアイスでも買おうかなと思いながら学校を出ようとしていると、美織に呼び止められた。
「大森君、お昼一緒に食べない?」
「いいけど。」
修平は美織の誘いにのって、ドリンク半額フェアをやっている駅前のハンバーガーショップに行くことにした。
お店に入り注文したものを受け取り席に着いた。
「美織、めずらしく小柴と練習していたな。」
ハンバーガーを食べながら、修平は今日の練習のことを美織に聞いた。
「速い打球への対応を練習したかっただけだよ。でも、大森君が言っていたように、小柴君打球は速いけど、体の向きと視線でコースがバレバレだね。」
美織がドリンクを飲みながら、笑いながら答えた。
「そうだろ。あれならいくら打球が早くてもどうにかなる。」
「私と練習終えた後、小柴君と大森君に話しかけていたけど、何か言われた?」
「美織に負けたのが悔しいみたいで、どうしたらいいって聞いてきた。コースがバレバレだから、直した方がいいよって言っただけだよ。」
美織はハンバーガを食べながら、修平の話を聞いていた。
「直接私に聞けばいいのに、なんで大森君に聞くのかな?」
「多分、女子に聞くのはプライドが許さないんだろう。」
以前修平が美織にサーブを教えてもらっていた時に、「女子に教えてもらっているのかよ。」と冷やかしてきた小柴なので、美織に教えてもらうのは抵抗があったのだろう。
「なにそれ!」
「男でも女子でも上手い人に習うのが良いのにね。」
すこし怒っている美織をなだめるために、修平はフォローを入れた。
「ドリンクなくなったから、もう一杯買ってくるね。」
「あ、俺も行くよ。半額セールなのに2杯飲んだら意味ないな。」
二人でドリンクを注文するために並んで間に、美織が鞄から交通系ICの入ったパスケースを取り出した。
「これ、大森君にしてはセンス良かったね。」
美織が嬉しそうに誕生日に修平からもらったパスケースを見せた。
「ヒロに相談して、決めたからね。」
「やっぱり、大森君にしてはセンス良すぎと思った。」
注文したドリンクを受け取り、再び席に戻った。
「ところで、大森君明日の夏祭りどうする?一緒に行く?」
「ヒロと一緒に行くことになっているけど、美織も一緒に来る?」
「大森君、それはダメだよ。ヒロちゃんと一緒に行くって約束してるなら二人で行かないと。」
「えっ、このまえ美織が水族館行くときにヒロも誘ったのと同じじゃないの?」
「あれは私が誘ったからいいの。誘った側が他の人を誘うのはいいけど、誘われた側が他の人を誘うのはダメだよ。」
「そんなもんなのか。」
美織があきれたような表情になった。
「大森君、ヒロちゃんのことをどう思ってるの?」
「一緒にいて楽しいし、最近はかわいいとも思えてきた。正直、ヒロが男じゃなかったら付き合いたいと思ってるけど、俺は同性愛者じゃないし。」
「さっきの話じゃないけど、好きになるのに男とか女とか関係ないんじゃない?同性愛者だから男が好きじゃなくて、男を好きになったから同性愛者。原因と結果が逆だよ。変なところにこだわらずに、自分の気持ちに正直になったら?」
「それって、俺とヒロが付き合えってこと。美織はそれでいいのかよ?」
「人の気持ちは変えられないから、大森君の好きなようにした方が良いってことよ。」
ドリンクを飲み終えた美織は、「ゆっくり考えな。」と言い残して先に帰っていった。
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