第15話 権力欲というもの
結局お父様は納得はしてくれなかった。どうしてそこまで拘るのかわからない。
他の人も閉じ篭っているアクアオーラなんて放っておいてくれればいいのに、機を見て近づいて来ようとする。
この距離ではもうあからさまに逃げることもできなかった。
父との謁見の帰りを待ち伏せしていた男性の目がアクアオーラに向かう。
他者と交流をしてこなかったアクアオーラには誰だかわからないけれど、アイオルドから聞いた話を元に考えると赤い髪は赤大臣の一族の可能性が高い。
まさかエリレアの伴侶として名前の挙がっていた赤大臣の子息ではないだろうから血族の誰かだと思う。
昨日は白大臣の長男が来ていた。
医療を統括する白大臣の息子なら体調を崩しやすいアクアオーラにも良いだろう、父はそう言って笑っていた。
本気でそう思っているのだ。
それが決まった相手のいない王女なら間違っていない。
政治的にも自身にもよい相手を見つけて伴侶とすればいいと色々な相手と引き合わせるのは当然のこと。
けれど十年以上アイオルドと婚約をしていてお互いに想いも通わせているアクアオーラが、なぜ今さら他の相手を選ばなければならないのか。
父は王宮に残れる相手に嫁がせたいと思っている。
アイオルドと婚姻したら彼の領地で暮らすとずっと前から決まっていた。
そのためにアイオルドも準備をしてくれている。
王宮では見られない景色を見せてあげると言っていた。アイオルドはきっとその約束を守ってくれる。
アイオルドと一緒に色々なところに行ってみたい。
そのために準備をしてくれたのを無駄にしたくない。
わがままだってわかってるけれど……、譲りたくない。
なんで今さら。
祝福を頂いたことを恨む気は起きない。
でも、ただその一つだけで王宮に留めようとの身勝手な動きに辟易していた。
アクアオーラが王宮に留まる代わりにアイオルドとの婚姻を認めてほしいと願えば叶えられるかもしれない。
それでは嫌だと思うのはわがままなんだろうか。
考え事をしている間に男性が近づいて来る。
「祝福の御子アクアオーラ様、お目にかかれて光栄でございます。
私は赤大臣の長子ローデリオと申します。
ご挨拶させていただくのは初めてでしたね」
眉を顰めそうになったのを抑えて挨拶を返す。
長子ということは長姉のエリレアの伴侶として話を進めていた人だ。
アクアオーラの自室の近辺にいるのもおかしいけれど、向けて来る笑みが何よりおかしい。
「お会いできる機会が少ないので単刀直入に申し上げますね。
新しい伴侶として私はいかがでしょうか」
「必要ないわ」
不快感に思った以上に硬質な声が出てしまう。
婚約を解消したわけでもないのに誰も彼も伴侶として選択肢に入れるよう求める。
「私が気に入らないのなら私の従兄弟はどうでしょう」
「結構よ」
「そうですか、残念です」
告げてきた言葉の直接さとは裏腹にローデリオはあっさりと引いた。
「ご不快にさせて申し訳ございません。
しかし、国王陛下も私の父もあなたとの縁談に乗り気でして」
困ったものです、と笑うローデリオに困惑する。
ただ言われたから声だけかけたというには、彼の目には隠さない権力への欲があった。
隠すこともできたはずのそれはあからさまで、理由を探らずにはいられない。
警戒は解かずに相対する。
「嫌々というわけではなさそうに見えるけれど?」
了承すればそれはそれで幸運だと言うような態度。
アクアオーラの言葉にローデリオは目を細めて微笑んだ。
「私はどちらでも良いのですよ。
アクアオーラ様でもエリレア様でも。
……次期国王の座が近くなるのであれば」
潜められた最後の言葉が彼の本音だろうか。
「第一王女として祭事に積極的に参加をしてきたエリレア様はその相手として不足ありませんし、女神の祝福を受けられたアクアオーラ様は国民の支持を得るには申し分ないお方です」
直截すぎる物言いに多少不快になるけれど、黙して聞くに留める。
恐らくローデリオが口にしたことに嘘はない。
けれど、アクアオーラがアイオルドの下に嫁いでも損はないと考えている。
アクアオーラが王宮を出ればエリレアの相手に内定していたローデリオが有利だから。
そして多分それだけでもない。
恐らくだけれど、ローデリオは内心ではアクアオーラを望んでいない。
ただの勘のようなものだけど。
「あなたの望みが叶うかどうかは女神様の思し召しだと思うけれど……」
複数の王女の伴侶、もしくはその子供から時代の王は選出されるだろう。
二分の一か三分の一か、それとももっと少ない確率か。
アクアオーラにはどうでもいいことだった。
「エリレアを大事にしてあげて」
分母を減らしてあげたわけではない。
大切で譲れないもののために利用されるのを許容しただけ。
そして利害関係というのは一方通行なものじゃない。
予想を裏付けるように深められた笑みに光が見えた。
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