第10話 女神様に捧げる舞
女官の差しかけてくれる傘に身を隠し舞台へと進む。
ざわめきに混ざる好奇心は疑心と期待をも孕んでいた。
これまで表舞台に出てこなかった王女が舞うことに様々な思いがあるのだろう。
視界の端で兵士に挙動を見張られる女性を捉える。すでに消沈した様子なのは先ほどの言葉が応えたのだろうか。それともエリレアの下した沙汰に打ちのめされたのか。
祭事の舞を降ろされるのは非常に不名誉なことだから。
当然の因果ではあるけれど。
舞台を見つめ余計なことを意識から追い出す。
幕を上げてくれる女官に目礼をして舞台に上がった。
裸足の足で踏みしめるとわずかにひんやりしている。
日差しを和らげ空調が整っているという言葉の通り、四方を囲う薄布は視界を邪魔しないのに降り注ぐ太陽の光や熱を和らげてくれた。
私のために用意された舞台の上で天を仰ぐ。
夏の日は熱を持って降り注いでいるのに、舞台の上に熱を伝えることはない。
ずっと、焦がれながらも遠ざけざるを得なかった太陽の下で目を閉じる。
(女神様……)
祈りを捧げ目を開けると、大勢の観衆の中にその人の姿を見つけた。
――アイオルド。
その姿を認めた瞬間他の視線は意識から消えた。
床に膝を付き、顔を伏せる。
楽の音に合わせ床を蹴った。
儀式には出れずとも幼い頃から舞は続けていた。
習いを終えてからはアイオルドや仕えてくれる女官くらいしか見る人もいなかったけれど、好きだったから。
たとえ王族として披露する機会がないとしても、舞っていれば女神様の御心に近づけるのではないかと。
外から隔てられた部屋の中で何度も繰り返し舞を重ねた。
このような場で、直に祈りを捧げられる日が来るなんて――。
(女神様……)
ずっとこのように生まれたことに疑問を思っていた。
常夏の国に生まれながら太陽の下にも出れない王女。
陽の光で倒れ、暑さにも弱い、とても王族とは思えない異質な子。
瞳が常夏の国特有の色である赤を持っていなければもっと立場が悪かったかもしれない。
人々の喧騒や家族から離れた北棟で過ごす日々は寂しいこともあった。
それでも――。
優しい人に囲まれて育った。
女官たちは体調を崩しやすい私のためにいつも部屋を快適に保ってくれ。
料理人は外に出れない私のために王宮料理だけでなく各地の名物料理や市井で流行っている料理を出し、この国の恵みについて教え。
教師たちは王都の街並みですら見たことのない私に室内でも学びを深められる方法を考え、他者が体感として得ていくことを実例として教えてくれた。
外の人々が向ける厳しさや冷たさに泣きそうになったときは厳しさの背景にあるものを調べ、冷たさを向けられる理由を減らす方法を伝授してくれた。
だから私は北棟に閉じこもりながらも孤独を感じることはなく、この国のことを愛しく思えるほどに知ることができた。
なによりも――。
(アイオルド)
彼の存在は私にとって最高の救いだった。
外を知らないことを馬鹿にするでもなく憐れむわけでもなく、自身が外で体験したことを語ってくれた。部屋の中でできることを共に探してくれた。
幼い頃、外に行こうと手を引いてくれたことも。迷惑になってしまったけれど、本当に嬉しかったの。
アイオルドはいつもどうやったら私ができるかを一緒に考えてくれる。
こうして私が女神様の下で舞を披露できるのも、全てアイオルドのおかげ。
だから――。
女神様。私をこの世界に生まれさせてくれてありがとうございます。
優しい人と出会わせてくれて感謝しています。
苦しいことも悲しいこともある。
それでも、共に歩んでくれる人のいるこの世界を、――この国を愛しています。
この姿で生まれなければ知らなかったことかもしれません。
女神様が作ったこの国がとても愛しい。
このように生まれたことが女神様の采配であるならば、深く感謝いたします。
私は、とても幸せです。
この幸せに感謝を。
夏を司る女神様――。
あなたの御許に生まれて幸せです。
どうか、溢れるこの感謝と愛をお受け取りください。
ふわりと降り立ち再び膝を付き頭を下げる。
顔を伏せる直前、愛しみに満ちた琥珀色と目が合った。
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