7話  デートプラン

天知あまち 柚子ゆず



超絶な騒ぎがあった朝が過ぎて、訪れたお昼休み。

私は、向かい席で歯をギリギリときしませている浅風あさかぜに両手を合わせて平謝りをしていた。



「ごめんって。本当にごめん。私もついつい口が回っちゃって……」

「だよな~ついつい見たこともない俺のあそこのサイズなんか口走ってさ、そんなこともあり得るんだよな~」

「……ご、ごめんって。私がやり過ぎた。認めるから」



ここは社会科準備室。浅風が担任の先生にお願いして、こうして話し合える場所を作ってくれたのだ。


普段は千弦ちづるたちと一緒に学食を食べる方が多いけれど、休み時間に付いて来いと言われ、私は冷や汗をかきながらも付いてくるしかなかったもので。メニューはメロンパンとイチゴミルク。浅風はアンパンにチョココロネ、普通のミルク。


まあ、浅風はパンを食べてはいるけど………私は、袋も開けずにもただただ平謝りするしかなかった。



「認めるからってなんだよ。許してって?」

「……まあ、許してくれたらいいかも?」

「絶対に許さねぇ……お前のおかげで学校中にふにゃチン扱いされてるんだからな!?俺のプライドを返せぇえ!!」

「だ、だから言ったじゃない。ごめんって、何度も……あんたも私のこと、顔だけの女だとか、唇カサカサとか散々言ってたくせに」

「あのな……俺には意味が分からねぇわ。顔はまあ、そう。俺が悪かったとしてもよ、唇!!唇がカサカサなのは本当にそこまで気にするもんなの?正直に言うと俺、お前の唇の感触なんか覚えてねぇんだよ!!」

「………えっ、本当に?」

「いや、当たり前だろ。あの時は俺もその……緊張して、何が何だかよく分からなかったんだよ。唇の感触なんか、感じていられる場合じゃなかったし。でも、そのまま言うのがちょっとアレで……適当に誤魔化しただけだけど。でも、お前が唇のことをそこまで引きずるとは思わなかったわ」

「…………へぇ。緊張したんだ」

「………なんだよ」

「ううん、別に?」



ふうん、ふううん~~そっか、ちゃんとこいつも緊張したのか。

……実は私もよく分からないんだよね。キスした時の感触。なんか、私もめっちゃ緊張してわけわからなくなっていたし。


とにかく熱かった、という感覚しか残ってないけれど。唇の温度なんかを堪能していられる余裕なんか、私にもなかったわけで。


だからこいつも同じように緊張してたのかと思うと、どこか嬉しかったり……する部分がなくもないかもしれない。うん。



「はあ……どうすんだよ。お前が俺と別れるって口走ったせいで、最初からやり直しじゃねぇか。お前バカだろ?」

「あ、そのことなら気にしなくていいよ。なんか……ほら、私たちが喧嘩するのっていつものことだから、恋人になっても同じノリなんだ~~って、みんな勝手に納得しちゃってるし」

「………本当に?ならいいけど」

「うん、たぶんそうじゃないかと思う。莉緒りお千弦ちづるの話を聞いた限りでは」



と言っても、今朝の発言が軽率だったことに変わりはない。

私は、あくまでも浅風に頼む依頼人の立場。浅風は、そんな私の頼みを仕方なく受け入れてくれているだけで、本来なら今すぐ止めると言われても仕方がないのだ。

……自分でも、ちょっと言い過ぎた自覚はあるけど。



「ごめん……ちゃんと反省してる」

「…………はああああ」

「……ファミレス2回奢ってあげるから」

「うっせぇ、要らねぇよそんなの。はあ………クラスのやつらに生暖かい目で見られるたびに、マジで死にたくなる……もう勘弁してよ」

「そ、そんな下ネタはもう二度と言わないから。約束する」

「………二度と言うなよ。分かったか?」

「うん」



ちょっと怖い目で睨まれたりはしたけど、浅風はもう一度ため息を吐いてから後ろ頭をく。

そして、姿勢を取り直して私と視線を合わせてくれた。



「お前は大丈夫なのか?他のやつらには、お前もう非処女だぞ?自業自得だけど」

「言い方……まあ、私は別に構わないけどさ。どうせ学生でいる間は彼氏とか作る気も、暇もないし。身近な子たちは、もう大体の事情分かってるから」

「………俺もりょうのヤツに説明しなきゃか」

「ちゃんと説明してよね?あんたと性的な意味で絡むのがいいってことじゃないから」

「それはこっちからごめんだ、このバカ女」

「………ふん」



自分もバカなくせに、生意気な。一応、私が悪いから今は黙っておくけど……後で覚悟しなさいよね。


頬を膨らませながらも、私はついに袋を開けてパンをかじりながら、浅風と目を合わせる。幸い、もう機嫌を直したのか浅風も特にこれといったひがみを言うこともなく、平然とした面持ちで牛乳を飲んでいた。


そして、買ってきたパンを全部食べ終えた後。

浅風はパンの袋を丁寧にたたみながら、身を乗り出してくる。



「それじゃ、本題に入りますか。デートスポットはどこがいいんだ?」

「………え?本題?」

「うん?なんだよ」

「あ……いや、あんた。怒ったんじゃないの?」

「は……?そりゃもちろん怒ってるけど。でも、昨日言っただろ?デートしたら効果的だって。だから、そのためのスポットを決めるために呼び出したんだが」

「………………」

「なんだよ、そのいぶかるような目つきは」

「いえ、なんでもない……」



……ウソ。朝にあんなこと言われたのに、まさか自分からこんな提案をしてくるなんて。散々怒られたあげくに終いだと言われても、仕方ないと思ってたのに。

なんで?こいつちょっと優しすぎない?こんなの、おかしい……。



「……あんたさ」

「なんだよ」

「もしかして、私のことけっこう本気で好きだったりする?」

「俺帰るわ」

「あっ、ちょっとちょっと!!軽く、軽く冗談を言っただけじゃない!!」



本当に出て行こうとするから、私は素早く立ち上がって浅風の手首を取って引っ張り出す。

ようやく振り向いてくれた浅風の目には、確かな呆れの感情が含まれていた。



「もう二度とそんなバカなこと言うなよ。分かったか?」

「ああ~はいはい、分かりました。もう……冗談も言えないんだから」

「はあああ………もういいから早く答えろ。行きたい場所とかあんのか?」



浅風が再び椅子に腰かけると、私もしたがって彼の向かいの席に戻る。

今度こそ本当に帰りそうだったので、私は真面目な案を出すことにした。



「行きたいところ……ゲーセン?」

「ゲーセン?アリだけど、お前ゲーセンとかよく行くんだっけ」

「週末にちょっとね。音ゲーとかストレス発散用にたまたまやってるし。ほら、こうしてパンネルタッチするゲーム。知らないの?」

「うん?ああ……涼と一緒に行った時に見た気がするな」



両手を動かしながら機械のパンネルをタッチする仕草を見せると、浅風も記憶を思い出したのか頷いて見せる。ていうか、こいつも知らないんだ。私がゲーセンを通っていることを。


まあ、当たり前だと思う。友達と言っても、お互いのことを全部知っているわけじゃないし。



「ゲーセンか、悪くないだろ。それじゃゲーセン入れて、次は?」

「……あのさ、こういうデートプランは普通、男が用意するもんじゃない?」

「デートだからって調子に乗るな。俺たちの仲だろ?デートというよりお出掛けの方が合ってるじゃねぇか」

「まあ、それはそうだけど……なんかロマンが壊された気分」

「ロマンは、本当に好きなヤツのために取っとけ。俺はただのパシリだから」

「パシリってなによ、人聞き悪いな………分かったわよ、ちゃんと考える。ゲーセンを先に行くんだよね?」

「ああ、午後に会って、ゲーセン寄って他の場所で適当に時間潰して、ご飯食べて帰り。これでいいんじゃねぇ?」

「あ、じゃファミレスその時におごるね。一応、あんたにはちゃんと感謝してるんだから」

「左様ですか。お昼はどうする?」



私は人差し指を頬に当てながら、考えを巡らせる。お昼、お昼か………

………やっぱり、家で食べた方がいいよね。お金も節約しなきゃだし。



「お昼は各自解決。夕食は私のおごり」

「分かった。じゃ、ゲーセンに行った後に何をするかだな……お前、七草たちと普段どんなところで遊んでるの?」

「うむ……主にショッピングとかカフェしか行かないけどね。普通にスイーツカフェとかでいいんじゃない?あんた甘党あまとうじゃん」

「アリだけど、時間潰すにはちょっと微妙だな…………時間を潰しやすいところが……あ、カラオケ」

「あ、カラオケ!」

「おう、いい反応。じゃ、カラオケでいいよな?」

「うん、私も賛成」



なんだか、思ってた以上にあっさり決められてちょっと拍子抜けしてしまう。

でも、浅風は本当の恋人なんかじゃないからしょうがないとも思った。そもそも、二人きりで外へ出ることは今回が初めてだから。


前は羽柴はしばとか、莉緒りおたちが混ざって一緒に遊んでたけど……真の意味でこいつと二人きりで遊ぶのは、これが初めてだし。



「よっしゃ。じゃ、午後の2時にいつもの駅前に待ち合わせ。ウチの生徒たちがたくさんいるところの方が、カモフラージュにも効果的だろう。それでゲーセン行って、カラオケ寄って、夕飯。いいよな?」

「うん、文句なし」

「オッケー……じゃ、そろそろ戻るか。もう予冷鳴っちまいそうだし」

「あ、その………浅風」

「うん?」



立ち上がって背を向けている浅風に、私は言う。



「その………ありがとう。協力してくれて」



その言葉を聞いた浅風は、不思議そうな顔でこちらを見つめた後に。

本当に、仕方ないと言わんばかりの顔で笑って見せた。



「そうかよ」

「………改めて言うんだけどさ、今朝のことは……本当にごめんなさい」

「……何度も言うな。さっきからずっと言われっぱなしだし」

「………………」



……やっぱり、こいつはズルいなと思った。

なんか、いつにもましていじりたくなってくる。変に背中がムズムズするから。

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