5年間友達だった女の子とキスして、結婚するまで

黒野マル

1話  私の初キスを返してよ~~!!

浅風あさかぜ ゆう



本当に、今となっては本当に腐れ縁としか言いようがないけれど、俺にはずいぶんと仲のいい女友達がいる。

名前は天知柚子あまちゆず。胸元まで伸びている、ボリューム感のある赤みがかった黒髪に大きめの赤い瞳が特徴的な………美少女。


モデルまでは行かなくても、そこそこ出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、女の子らしい体。

そして近づきやすいその雰囲気のせいか男子からの人気も高く、いわばクラスの人気者扱いされているヤツだった。まあ、そこまでは良しとしても。



「………いや、なんで俺が待たなきゃいけねぇんだよ!!」



彼氏でもあるまいし!告白されるのは向こうなのに、なんで俺が校門で立ちんぼにならなきゃいけねぇんだ!!おかしいだろ、これ!!

七草ななくさの奴め、面倒なことは俺に押し付けて自分たちはカラオケに行きやがって………!!


ああ、もうダメだ。後10分、10分経ったら帰ろう。あいつのために買ったココアは……知るもんか。家で飲めばいいし。

そうやって歯ぎしりをしている最中、ふと前から深々としたため息の音が聞こえてきた。



「はあ……………」

「…………よ、よう。お疲れさん」



なんだか、その顔を見たら募っていた怒りが一気に吹き飛んで行った。これは、俺から愚痴を零せるような雰囲気じゃない。

ため息をついた張本人、天知柚子はいかにも疲れたような顔でぐったりと首を垂れていた。



「……なんであんたが待ってるのよ。千弦ちづるたちは?」

「あいつらはもう帰ったぞ?俺に心配だから様子見ててって言っておいてさ」

「……なにそれ、自分たちで見てくれればいいのに!」

「全くもって同感だな。ほれ、ココア」

「あっ……ありがとう」



ぶっきらぼうに投げた冷たいココア缶を両手で取ってから、天知は俺を見上げてくる。

一度ココアに目を移して、また俺の顔を見て。移して、見て。

それからようやく、天知は笑顔を見せてくれた。



「ふふっ、帰ろっか。浅風」

「そうだな」



簡単なやりとりを終えた後、俺たちは並んで帰り道につく。歩いている間、僕はさりげなく天知に質問を投げてみた。



「それより、どうかしたか?今日やけに疲れているように見えるな」

「………はあ、やっぱそう見える?」

「ああ、めちゃくちゃそう見える。どうした?告ってきた人、確かバスケ部の弘真ひろま先輩だろ?あの人イケメンじゃん」

「……あの人ナルシストだったのよ。なんでこの俺を断るんだ、君は今とんでもないミスをしているんだ、後悔するぞ~とむちゃくちゃなこと言われたからね?」

「あああ……そういう系か。大変だったな」

「本当そう………!ああ、もうダメだ……告白されるのもうヤダぁ………!!」

「贅沢な話だな~~俺なんか一度も告られたことないのに」

「あんたがそれを経験してみなさいよ!あんたが!!!」

「はいっ、すいませんでした………」



まあ、確かに他人から見たら贅沢な話に聞こえるかもしれないが、普段こいつがどれだけ悩んでいるのかを知っている立場としては、やっぱりなんとも言えなかった。

去年は俺が知っている範囲内でも、もう10回以上は告白されてたし。


それに一々相手が傷つかないように気を使うんだから、こういう反応になるのも当たり前だろう。



「なんで?なんで私にこんな試練を……!まだ新学期始まって2週間しか経ってないのに?!」

「人気者の宿命だろう。受け入れろよ」

「あんたね………!」

「ああ~はいはい、悪うござんした。だから前にも言っただろ?お前いい加減彼氏作れって」

「前にも言ったよね!?私彼氏は絶対に作らないって!」

「えっ、そうだっけ?」

「あんたね!!!」



いきなり大声が上がったせいか、周りを歩いている生徒たちの視線が一気に集まってくる。

天知の悔しげな視線を浴びながらも、僕はぷふっと笑いながら手に取っていたペットボトルの中の水を飲んだ。



「言っとくけど、これ物凄いストレスだからね?相手があっさり引き下がってくれれば問題ないけど、今日みたいな時は……!ああ、もうヤダ……」

「大変ですな~~人気者って」

「………噛み殺したい」

「いや、ごめんって。そうだな~そんなにストレス受けるくらいなら、一層のこと………」



言葉を続けようとした瞬間に、ふと隣をよぎって行くカップルたちが見えてくる。

いかにもラブラブっぷりを全開していて、お互い体をくっつけながら歩いている後ろ姿。

それを見ながら、俺は手を合わせて言った。



「そう、あんな風に」

「えっ?どんな風?」

「カップル。いわば、偽彼氏とか作っちゃえばいい話だろ?」

「………は?偽彼氏?」

「そうそう、付き合うふりをするんだよ、付き合うふり。ほら、漫画とかでよく出るだろ?そんな設定」

「えええ~」



天知は目を細めながら、若干引いたような顔つきでこちらを見てくる。無性に腹立つな、こいつ。

せっせと歩きながらも、天知は人差し指を横に振ってきた。



「あのね、それは漫画の中の話だよ?現実には絶対に当てはまらないって」

「そうなのか?」

「絶対そう。それに、相手はどうやって探せばいいのよ。頼める相手いないし、もし頼んだとしても後で変に誤解されそうだし………都合が良すぎなのよ」

「いや、信頼できる適当なヤツ一人掴んで頼めばいいだろ?」

「そういうわけにもいかないじゃん!大体、条件が合わないのよ。私のことをよく知っていて、ある程度気配りもできて?私に異性的な感情を全く抱かない上に、そこそこカモフラージュもできる……相手を」

「うん?」



なんだ?いきなり立ち止まってぼうっとして。

見れば、天知は指で何かを数えながら俺のことをジッと見据えていた。眉をひそめたら、今度は肩を震わせ始める。



「………私のことを、よく知っていて。気配りもできて、好きになることもない………相手」

「………天知?」

「………あ、はははは」



……………ちょっと待って。これ嫌な予感しかしないぞ?



「あのね、浅風」

「………………なんだ?」

「もしよかったらね、私の偽彼氏に―――」

「断る」



駆け足で歩き出すと、直ちにヤツは俺のカバンを抱え込んで縋りついてきた。



「なんでよ!!ちょっとは話聞いてよ!!」

「嫌に決まってんだろ!!お前むちゃくちゃ言うなよ!?」

「だって、だって!あんたしかいないんだもん!!」

「屁理屈言うな!!他の男に頼めよ!」

「頼める男いないからあんたに頼んでるんじゃない!!ああ、もう!」



叫んでから、今度は俺の目の前に回り込んできた。いや、叫びたいのはこっちなんだけど!?



「ちょっとは私の立場も考えてよ!あんたも、私が中学からどれだけ苦しんできたのか分かってるでしょ!?」

「……まあ?それはそうだけど」

「でしょ?ならちょっと手伝ってよ!こんなの頼める男、あんたしかいないから!ほら、あんたも彼女作る気ないって、前に何度も言ったじゃん!」

「……………確かに?それもそうだけど」



腕を組んで、持っているペットボトルを肘にトントン打ちながら考え込んだ。目の前の天知はかなり必死で、手を合わせながらもう一度お願い!と頼んでくる。


確かに、こいつの言うことにはある程度筋が通っている気がする。こいつにしては、確かに偽彼氏に惚れられたら本末転倒になるけど、俺は訳アリで彼女を作る気が全くないから………ある程度は安心できるはず。


それに、俺だってこいつがどれほど泣き言を零してきたのかもよく知っているから。中学一年の時からずっと同じクラスだったけど、けっこうな頻度で告白されてたし、その度にストレス受けてたし…………


………まあ、仕方ないか。



「まあ、やるの自体は別にいいけどな。俺に対するメリットは?」

「め……メリット?」

「そうそう、メリット。俺、前にも言ったけど人生で彼女自体を作りたくない主義だから。何か見返りがなきゃあんま乗り気になれないんだよな~~~」

「うぐっ………」



天知は悔しげな声を発してから、頬を膨らませてこちらを見上げてくる。こう見ると普通に可愛いな、こいつ。



「……ファ、ファミレス奢ってあげる」

「うん?なんだって?よく聞こえないけど」

「………2回奢ってあげる」

「おかしいな~周りの人のせいかな?よく聞こえな―――――」

「3回!さんかいさんかいさんかいさんかいさんかい!!!」

「うわああああ!!!!!!」



ちょっとからかったからって酷すぎだろ、これは!!



「………バカ、大嫌い、ならず者、現金!!」

「あああ~~はいはい、ごめんなさい。一回でいいから。ていうか俺の聴力を返せ!!!」

「ふ~~んだ。このくっそ野郎」

「………おい」

「うん?」



今気付いたけど、けっこう周りの視線集まっているような気がする。まあ、道端でこんなに騒いでいるわけだし、当然と言えば当然だけど。


いや、こいつがいるからかな……?とにかく俺は一回注意を払って、再び天知と肩を並べようとした。

でも、その前に天知がもじもじとした仕草で、またこちらを見上げてくる。



「……あのね。見られてるよね、私たち」

「うん?ああ、そうだな」

「……まあ、せっかく交渉も成立したわけだし?偽彼氏もできたし?一つ提案があるんだけど」

「うん?」

「…………えっとね。ここで、キス……してみない?」

「……………………………………うん?」



……あれ?俺の耳、本格的にいかれてる?



「な、な、なに言ってんだよ、お前。き……キスって」

「……だってさ、あんたは一生彼女を作らないんでしょ?それに、私も当分の間は彼氏を作る気ないから、何をしたって変な感情は起きないわけじゃん?」

「…………それは、まあ。そうだけど」

「それに?私たちが今ここでキスしちゃったらその………噂も広まるじゃん。だから、私が告白される回数も極端に減るだろうし」

「……………確かに、それもそうだけど」

「だ、だからさ………」



いや、なに赤くなってんだよ。普段肌が白いから余計に赤く見えるな、これ。

…………俺が言うもんじゃないけど。



「……まあ。一度くらいはいいんじゃない?」

「………いや、お前はそれでいいのかよ?」

「なにが?」

「なにがって……初キスだろ?俺なんかでいいのかよ」

「……なに言ってんのよ。単なる唇の触れ合いなんかを大事にする方がおかしいじゃない。どういう感覚なのかちょっと興味があるだけだし、私も彼氏は作れないからお試しってことなだけで………わ、私のことなんて気にしないでよ。そういうあんたこそ……いいの?」

「………まあ、俺だって一生やる機会ないから、ある程度興味はあるし」

「………そう」



…………いや。これなんか、とんでもない間違いを犯しているような気分だけど。


でも、一度は試してみたい気持ちもあった。だって、エロゲ―とかだとめちゃくちゃ幸せそうにキスするし、柔らかいとか熱いとか、そんな心を揺さぶるような描写もいっぱいじゃん。


それに、俺はこの先彼女を作っちゃいけないから………キスなんて一生できないわけで。

相手がこいつなら、まあ………いいんじゃない?



「……目、閉じろ」

「あっ……」



小さい声を零してから、天知はぎゅっと両目を閉じる。

………やべぇ、本格的に緊張してきた。


いや、邪念を打ち払え。これはあくまで、こいつのためだから。異性的な感情とか一切ないから。実際、こいつとは5年間も友達して色々なことがあったけど、結局お互い何事もなかったじゃないか。


そうだ、好奇心もあるから。まあ、いいだろうな………っ。



「……………」

「……………」



永遠のような時が流れる。

自分の顔が真っ赤になっていることが分かった。相手が天知なのにこんなに緊張するとは思わなかった。でも。

……やれ、やるんだ。こいつのためだろ。憂鬱そうにしていたこいつの顔を思い出して……やれ!



「…………っ」

「…………ぁ」



唇から漏れてきた、小さい吐息を防ぐように。

俺はそっと、自分の唇で天知の唇を覆い隠した。


時間が止まったみたいに、隣からの声が何も聞こえない。聞こえるのはただ自分の鼓動で。苦しくて苦しくてたまらないと言わんばかりに叫んでいる、俺の心臓の音だけで。


唇の感触なんて、何一つ感じられず。ただただ唇を防いでいたら、当てていたら………



「…………ぷふっ!」

「ううっ!?」



もう、我慢できないくらい緊張と息が上ってきて。

俺は思わず、盛大な音を立てながらむせてしまった。



「……………………………ケホッ、ケホッ」

「……………………………」



………え?

え?何をした?俺、今なにをした?キス?キス………キス。

き、き………………す………!



「う………うわああああああああああ!」

「きゃああああああああああ!」



たまらず叫び出すと、ちょうど同じタイミングで隣からも悲鳴が上がる。

もういたたまれなくなって、気付いた時にはもう、俺は全力疾走していた。



「うわあああああああああ!」

「か………かえせぇええええええ!」



後ろから聞こえてくる、天知の悲鳴をまるっきり無視しながら。



「私の初キスを、かえしてよぉおおおおおおおお!!!!!!」


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