第4話 #3
✳︎
昨日、ダイキが選んでくれた紺色のセットアップを着てスタンドミラーに映る自分を見てみる。自分では絶対に選ぶことのない服を身に纏っている僕は、自分が自分じゃないように思えた。バラエティなんかで私服紹介をするタレントみたいな気持ちになって少し笑えた。そもそも、おしゃれに気を遣って服を着ることすらしばらく無かったから、より新鮮な気持ちになる。ダイキとの待ち合わせの時間が近づくにつれて心臓のリズムが早くなっているのが自分で分かる。気を紛らわせるために耳にイヤホンをつけて好きな音楽をかけて気を紛らわせているとスマホの画面にダイキのメッセージが届いた。
『あと5分ぐらいで着くけど大丈夫そうか?』
『いつでも行けるよ』
『流石!』
僕のメッセージをすぐに返してくるのはダイキらしいけれど、今日だけはダイキも緊張しているんじゃないかと僕はある意味ポジティブに考えた。ドアの鍵を閉めて僕はアパートを出た。すると、ものの数分でダイキの黄色い車が駐車場にやってきた。
「よう! バッチリ決まってんじゃん! セットアップ」
「お疲れ。そうかな? 緊張するけどダイキがそうやって言ってくれるなら少し自信が持てたよ。てか、ダイキは何でパーカーなの?」
「オレらしさを出してこうって思ってさ! それに、オレらが2人ともカッチリした格好だったら、あの2人、めっちゃ気合い入ってなって思われるだろ? だからオレが体全体で抜け感を表現してんだ」
「いやいや、おれがめっちゃ気合い入ってる人みたいになってるじゃん!」
「ん? 気合い入ってねーの?」
「入ってないよ! ダイキだけだよ、気合い入ってんの」
「ハハ! まぁそう言うなよ。多分楽しくなってくるからさ」
「何だよその根拠のない発言」
「まぁ楽しんでこうぜ。せっかくなんだし。オレはすでに楽しい!」
「はぁ。まぁ確かにおれも休日感は味わえてるよ」
ダイキは本当に楽しみにしているようで、運転している車が昨日よりもスピードが速いような気がした。ついに僕が夜の街にデビューする瞬間が訪れるのかと思っていると、車はあっという間に街の最寄りのコインパーキングに着いた。まだ車から降りてもいないのに僕の心臓は、油断をすると体の外に出てきそうなほど激しく脈を打っている。
「さぁ着いたぞ!」
「ダイキの行きたい店とかあるの?」
「無い! 歩きながら決めるつもりだった!」
「まぁそんな気がしてたよ」
ダイキには悟られないように僕は必死に平然を装った。ダイキが車のエンジンを止めて車の外に出た。僕も覚悟を決めて車の外に出た。ピーンと車のロックがかかった音が耳に入った。その音がダイキのやる気スイッチが入ったように思えて少し笑えた。そのおかげで僕は少しだけ冷静さを取り戻した。
✳︎
「そういやカケル」
「ん? なに?」
「この街ってな、意外と全国的に知られてる歓楽街だって知ってた?」
「知らない。まずどこが一番有名な所なのかも知らないし」
「ハハ! カケルらしいな。お、見ろカケル!」
ダイキの指差す先には、僕がこれまでに見たことのない景色が広がっていた。赤や黄色、ピンクなんかは当たり前で何色と表現していいのか分からない色があちこちで輝いている照明の群れ。光りすぎてむしろ何が書いてあるのか見えない店の電光掲示板の群れ。それに群がっている見た目が派手な男女の群れ。とにかく目の前には色んな群れがあった。僕はその景色に既に圧倒された。隣のダイキも僕と同じような反応をしているように口が開いたまま静止していた。じっと見ていると、その口が今度はニカーッと三日月みたいにぐにゃりと曲がった。
「やべえ! もう楽しい!」
「ダイキ、お金使いすぎないようにね。酒もほどほどにだよ」
「お前はオレの保護者か!」
ダイキが予想以上に興奮しているからか、意外と僕は冷静に行動出来ている気がする。心臓のリズムも普段と同じくらいに落ち着いていた。改めて街を見渡していると、どこもかしこも光り輝いてはいる。けれど、横に目をやるとすぐに裏通りがあって、まるでそこは目の前の景色とは正反対の闇の世界がそこにあるように思えるほど暗い世界が広がっていた。差が激しいこともあり、僕はその異質な空間が妙に気になった。すると、その闇の世界にある道を女の人が横切っていくのが見えた。一瞬しか見えなかったけれど、その人はテレビに映るタレントのように美しい人に見えた。ここで働いている人だろうか。誰かの結婚式に行くような綺麗なドレスを着ていた。こういう街だからメイクをするのは当然だろうし、ここで働く人は大体綺麗な人なんだろうな。僕とは無縁の世界が次々と目の前に現れて、僕もダイキと同じようにワクワクした気持ちが徐々に心の中に込み上げていた。
「すごい街だね」
「すごいな! 何でオレ、今まで来なかったんだろ」
「沼にハマっちゃったらダメだよ」
「分かってるって! 今日だけだ! カケル、行くぞ!」
髪の毛をジェルでカチカチに固めた、黒いスーツを着た男の人が僕らみたいな客をガンガン声かけしてくるようなイメージがあったけれど、実際はそんなこと全然なくて店の前にある女の人たちの顔が写っている掲示板が強調されて立っていた。メイクをして写っているこの人たちはみんな華やかで、やっぱり僕は別世界に足を踏み入れたような感覚になった。ダイキもその掲示板をじっと眺めている。するとガチャンとその店のドアが開いて女の人が出てきた。真っ赤なドレスとキラキラに輝いているように見える金色の髪の女の人が僕らを見てふふっと微笑んだ。
「あなたたち、カッコいいね! ウチで飲んでかない?」
女の人の口元には大きな黒子があり、なんだかそれが色っぽく見えて僕は慌てて気を紛らわせた。すると隣のダイキはニッと女の人に笑った。
「ありがとう! けどオレたち、他の店で約束してんだ! また来る!」
「あぁそうなんだ! 残念だけどしょうがない! また寄ってね!」
「おう! ありがとう!」
「……」
僕は女の人に軽くを礼をしてからダイキの後をついて行った。
「ダイキ、他の店で約束してるの?」
「してねえよ、知り合いなんていねえし」
「え? じゃあ何で?」
「若そうだったろ?」
「え?」
「多分、今の子は20ぐらいの子だ。綺麗にメイクしてるから分かんねえけどな。喋り方とか雰囲気で何となくそう思った」
「なるほど」
モデル業界で働くダイキには、少し見ただけで女の子の年齢が分かったりするのかと素直にすごいと思った。僕には年上に見えたのはまだまだ未熟ということだ。
「カケル、さっきの店が良かったか?」
「ううん。ダイキの行きたい所についてくよ」
「ハハ、なんか悪いな」
「ダイキって年上好きだったっけ?」
「あー最近いいなって思ったりすることが多いんだよ。やっぱり歳とるとさ、自分より年下の子って妹みたいにしか思えないんだよな」
「恋愛対象には見れないみたいな感じ?」
「そ、まぁそんなとこだ」
ダイキがモテていたのは昔からだけれど、中学時代も高校時代も部活の後輩の女の子から告白されていたような記憶がある。まぁ昔から身長も高かったしイケメンだったから目立たないわけがない。僕はその頃もいつもダイキの側にいたから、コバンザメだの腰巾着だの色々言われた。金魚のフンと言われたことも1回や2回ではない。つらい気持ちや悲しい気持ちなんか一周回ってどこかへ飛んでいっていた。メンタルの強さは、ある意味ではその辺から培っているのかもしれない。
「ダイキ、そういえばさ」
「ん? 何だ?」
「何で一番最初おれに聞いた時、スナックって言ったの?」
僕は素朴に抱いていた質問を不意にダイキに問いかけた。
「キャバクラとかってさ、さっきの街のキラキラ感じした光みたいなのが店内のあちこちにあるイメージなんだよな。キャストの子たちもいっぱいいそうだし。髪の毛もモリモリして、目もパッチリメイクみたいな感じでさ」
「モ、モリモリ……。うん」
腕を組みながらダイキは視線を上にしながら笑ってそう言った。僕はキャバクラもスナックも同じようなイメージしか出来ないからダイキに相槌を打つことしか出来ない。
「それに比べてスナックの店内って、何か落ち着いたイメージがあるんだよ。週末の仕事帰りにサラリーマンが1人で酒を飲んでいる姿とか。少ない人数のキャストの人たちがのんびりとこっちの話に耳を傾けてくれたり。んでその女の人たちがオレなんかよりも年上でさ」
「ダイキ、絶対スナックに行ったことあるでしょ」
「無えって! 全部イメージだよ! 文句あるか!」
「いや、無いけど。無いのによくそんな想像出来るなって思って」
「まぁ実のところ、オレの好きな小説にさ今言ったような上品なスナックが出てくるんだよ。大人の魅力が詰まったような空間がな! オレはそれを読んで行ってみたいって思う気持ちが9割ぐらいあるんだよ!」
「9割? 残りの1割は?」
「そりゃもう好奇心だよ!」
僕らが小学生の頃、夏休みで虫取りへ出かける前に僕へ向けた笑顔のようにダイキは口を大きく開けて笑った。すると、僕らの進んでいく方向に『すなっく緋色』という字が書かれた茶色の看板が立っている店が見えてきた。
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