第29話 サイエンスバー

 海からCrystal Towerに向かうと聞き、驚き、立ち止まる和田美咲をよそに、vahohoは足取りを緩めず歩き続ける。

 見失いそうになり、焦った美咲が、走ってvahohoの背を追う。


「待てよ!そこまでして一体、Crystal Towerに何があるって言うんだよ!」


 背中からの問いかけに、vahohoは一瞬苦い表情を浮かべた後、美咲に振り返った。

「今、世界は瀬戸際にいる。ここを誤ると破滅に向かって突き進むことになる。

 それを止める唯一の道がCrystal Towerにあるんだ。

 そのために、お前の力を貸せ」


「は?あたしに力を貸してほしくて会いに来たのかよ。

 その割に、さんざんボコってくれたよな。

 人に物を頼む態度がなってねえんだよ!」

 眉間にしわを寄せ美咲が抗議した後、vahohoの顔を真剣な表情で見つめ


「まあ、おっさんが嘘を言ってないことは何となく分かるし、

 頼み事をされるのは嫌いじゃないし、

 世界の破滅を止めるって大風呂敷も面白そうではあるな。

 分かった。行ってやるよ」


「ふふん。意外だな。もう少しつっかかってくると思ったんだがな」


「聞いても、どうせ道々とか言っておしえてくんないだろ。だいたい。。」


 答えながら歩いていると、突然、目の前にvahohoの背中が現れ、避けきれず激突し、美咲は、鼻を押さえた。

「いってーな!なんで、急に止まんだよ!」


 雑居ビルの入り口を指差しvahohoは、

「ここが、目的地への入り口さ」

 顎をしゃくり、入るように促した。


 入り組んだ白い廊下の先に、重厚な扉が現れた。

 表面に店名とおぼしき名前が書かれたプレートが掛かっている。


 ”サイエンスバー”


 どうやらバーのようだ。

 一見には、やや入りにくい雰囲気の店の扉を無造作に開け入って行くvahohoの後を美咲は追った。


 薄暗い店内に、他の客は居なかった。

 知的な光を瞳に宿した初老のバーテンダーが一人グラスを磨いている。


「教授、準備は出来ているか?」

 vahohoの問い掛けに無言で、頭を垂れた。


「今日の時間は?」


「0時38分です」

 落ち着いた声で応える。


「うむ、後二時間か」

 タグホイヤーを見ながらvahohoは頷いた。


 美咲に視線を向けvahohoは、

「いいだろう。お前の知りたいことを幾つか教えてやる。

 まず、俺の4つのアカウントについてだ」


「複あかな」


「お前が言った通り、あの時世界に配付されたスキャナーはDNA認証だ。

 一つのDNA情報が、一つのスキャナーに紐付く。

 だが、それが一人の人間が一つのスキャナーしか使えないことには繋がらねえ」


「何言ってんだよ!意味わかんねえよ。

 一人の人間には一つのDNA情報しか無いんだから、一人の人間は一つのスキャナーしか使えないに決まってんだろ!」


 vahohoは笑みを浮かべ

「ほほう。お前は、存外頭がいいな。本質を掴んでいる。

 ならば、一人の人間が複数のDNA情報を持てば複数のスキャナーを使えるのでは無いか?」


「バカにすんなよ!こう見えても生物だけは得意なんだよ。

 エンドウ豆の研究してたメンデルってやつが、一つの生物には一つのDNA情報しか持てねえって言ったって、授業でならったっつーの!」


「こいつは、驚いた!お前の口から、そんな名前がでるとはな!

 だが、メンデルは、知らなかったのさ。

 あれが、存在することを。。」


「あれって?」


「アダムさ...」

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