聖堂前広場
次はいよいよ祭りのメインイベントだ。
俺とサリアは大聖堂前の広場にやってきた。
ここでは教会の修道女たちが祈りを捧げるらしい。
なんでも神様の姿や声は普通の人間には知覚できないが、この祈りの間だけは一般人でも神様の姿をぼんやり見ることができるんだとか。
本当なんだろうか?
楽しみだ。
大聖堂から修道女の一団が現れ、おごそかに広場中央の簡易祭壇へと進んでいく。
……ん!?
俺と同じことに気付いたようで、サリアが服を引っ張ってくる。
「ちょ、ちょっとユーク。あの真ん中にいるのって」
「ルルじゃないか!」
そう、修道女たちの中でも一番重要そうな位置にいるのは、馬車で知り合ったルルだった。
教会随一の神聖魔術の使い手だと聞いていたが、まさかルルって本当にすごい立場の人間なのか?
お菓子大好きな少女、というイメージしかないのでなんというか衝撃的だ。
しかし表情がまったく変わらないので、確かに神秘的に見える。
「全知全能の神よ。我らが父、人神ウラノスよ。この一年の平和を感謝します。次の年もまた実り多き年になりますように」
静かにルルが神への祈りを読み上げる。
「「「実り多き年になりますように!」」」
集まった人々が声を揃えて祈る。
俺とサリアもつられて手を組んだ。
するとその祈りが通じたのだろうか。
祭壇の中心に光が現れ、それはぼんやりとした人型のシルエットを作り出す。
おお、本当に神様の姿が見えるのか?
徐々に輪郭がはっきりしてくる。
そんなことを考えていると。
「――馬鹿馬鹿しい。ウラノスなどは偽物だ。我らが信仰するゲルギア様こそが本物の神なのだ!」
いきなり祭壇の上に真っ黒なローブ姿の一団が現れた。
なんだあいつら。
いつの間に祭壇に登ったんだ……?
「と、取り押さえろ!」
祭壇の前で警備にあたっていた兵士たちが、すぐに黒ローブの一団を捕まえようとする。
バチィッ!
兵士たちが何かに弾かれ、後ろに跳ね返された。
「「「うわああああ!?」」」
まるで見えない壁でもあるかのようだ。
「邪魔をするな、兵士ども。【ポイズンレイン】」
黒ローブの男が禍々しい液体の塊を出現させる。
あれは……やばい。
普通の人間が浴びたら無事では済まない気配がする。
「サリア、広場のこっち側を頼む! あの液体を爆風で吹き飛ばしてくれ!」
「ユークはどうするのよ!」
「俺は反対側をなんとかする!」
ダッシュで広場を突っ切り観光客たちの前に出る。
ドパッ!
黒ローブの男が毒液をばらまく。
できるか?
いや、やるしかない。
俺は魔剣を起動させる。
出力を強化し、魔剣のサイズも普段より大きく。
「はあああああああああああっ!」
意識を集中させ、毒液の雨を魔剣ですべて切り払う。
ほぼ同時に三度剣を振るい、観光客たちを守る。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
なんとかなったか……
広場の反対側ではサリアが炎魔術の爆風によって毒液を防いでいる。
さすが、頼りになるな。
しゅわんっ。
ステータスの変化を告げる光が体から立ち上る。
だが今は気にしていられない。
祭壇へと視線を向け直す。
「チッ、これを防がれるとはな……だがまあいい。目的は達した」
黒ローブの男が叫んだ。
「我らは邪神ゲルギア様の使徒! <神の愛し子>ルディアノーラはいただいていく。この娘は我らが神が受肉するための生贄となるのだ! ははっ、はははははははははっ!」
「待て! ルルを返せ!」
黒ローブの一団はルルを捕まえると、即座に姿を消していった。
最後の一瞬、ルルがこっちを見た気がした。
助けを求めるように。
「な、なんだこれは! どうなっているんだ!?」
「『愛し子』様がさらわれてしまったぞ」
「ああ、なんということだ! 神よ、ルディアノーラ様をお救いください……!」
集まった人々の中に動揺が広がっていく。
サリアが駆け寄ってくる。
「ねえユーク、今のって……」
「……転移に見えたな」
転移アイテムは、回数制限付きの『転移の指輪』でさえすさまじいレアアイテムだ。
そんなものをあの人数分用意してきた。
あの黒づくめの連中、一体何者だろうか。
「一体これはなんの騒ぎだ!?」
聖堂の中から豪奢な神官服をまとった男性が出てくる。
兵士が慌てて答える。
「きょ、教皇様! たった今、ご息女が黒服の男たちにかどわかされ……」
「馬鹿な! 警備はなにをしていた!?」
「そ、それが転移で急に現れたうえ、見たことのない結界魔術のようなものを使われ、どうしようもありませんでした」
兵士の言葉に、男性――教皇と呼ばれた人物はさらに尋ねる。
「敵についてなにかわかるか?」
「『ゲルギア様』と何度か口にしていました」
「ゲルギア……『紫紺の夜明け』か!」
ぎょっとしたように言う教皇様の言葉に、俺の近くでサリアが目を見開いた。
「『紫紺の夜明け』ですって?」
「サリア、知ってるのか?」
「たちの悪い宗教組織よ。生贄を捧げて神を復活させるためとかで、何十人も誘拐して皆殺しにしたことがあるって聞いたことがあるわ」
「お、おいおい……」
ぞっとする。とんでもない連中じゃないか。
そんなやつらにルルがさらわれたって?
しかもあいつら、転移で逃げる前に『我らが神の生贄となる』とか言ってたぞ。
教皇様は告げた。
「兵士たちの中で精鋭を集めろ!」
「ど、どうするおつもりですか? ルディアノーラ様の行き先もわからないのですよ?」
「問題ない。転移の道具ならこちらにもある。ルディアノーラには非常用に、転移の目印となるイヤリングを着けさせている。片方につき一度ずつ、こちらから兵を送り込める」
教皇様が取り出したのは二つの宝玉だった。
あれの片方を使えばすぐにルルのもとに飛べるらしい。
『転移の指輪』を素材にした派生アイテムだろうか。
相手の移動先がどこかわからないのに転移できるとなると、俺たちの『転移のブレスレット』とは違う加工をしているようだ。
「さらに、こちらには素晴らしい戦力がいる」
「――ええ、僕たちが丁度この街に来ていてよかった。勇者パーティである僕たちがね」
教皇が振り返ると、大聖堂から金髪の青年が仲間三人を連れて歩いてくる。
そんな。
なんであの四人がここにいるんだ。
レイド、キャシー、ウォルグ、セシリア。
視線の先にいるのは俺を追放した勇者パーティに間違いなかった。
「神託の勇者レイド殿。彼らがこの街に来ていたのはまさに神のご意思だ! 我が娘ルディアノーラはきっと戻ってくるだろう!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
神託の勇者、という言葉に広場の人々は沸き立つ。
「神託の勇者殿を中心に六名の兵士を募れ! ……どうか頼む、勇者殿。娘を救ってくれ」
「いいでしょう。あんな連中僕たちにかかれば楽勝ですよ」
教皇様の言葉にレイドは自信たっぷりに答える。
「転移!」
帰還用の転移アイテムとともに宝玉を受け取ったレイドが叫ぶ。
レイドたちを含む十人がその場から転移した。
今頃ルルのもとに行き、『紫紺の夜明け』に対峙しているんだろう。
俺はここで立っているだけなのか?
最後にルルは助けを求めて俺を見たんじゃないのか?
「ユーク……」
サリアが心配そうに呟く。
教皇様は続けて叫んだ。
「念のため、もう十人ルディアノーラのもとに送る。兵士の中で特に強い者を――」
「俺も行かせてください!」
気付けば俺は前に進み出ていた。
「なんだ君は?」
「俺は……ルルの友達です。馬車で話しただけですが、そう思っています」
すると教皇様は目を見開いた。
「君はもしやユーク君か?」
「は、はい。なぜ俺の名前を?」
「娘が……ルディアノーラが式典の前に君たちのことを話していた。盗賊たちをたった二人で全滅させた凄腕の冒険者だとね。君たちが同行してくれるなら心強い。よろしく頼む」
「はい!」
俺とサリアも後発組に加わることになった。
「悪いサリア、勝手に決めてしまって」
「ふん、あんたならルルを助けに行くって言うと思ったわよ。お人好しだもの。……パーティメンバーだし、付き合うわ」
「ありがとう」
教皇様が言う。
「すでに転移先では勇者殿たちが戦っているはずだ。転移直後に巻き込まれないよう、少し離れた場所に飛んでくれ。転移が終わり次第、先行部隊と合流するように」
「「「はい!」」」
「転移!」
受け取った宝玉を使い、俺たち十人も転移によって移動した。
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