イシュタル

平 一

1 戦況

https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330661983147698


〝新帝国〟の艦隊司令官は、長い黒髪が美しい、ひたむきな眼差まなざしの少女だった。


「前回の定期訪問の後、旧帝国軍残党からの攻撃により、新政府からの連絡がしばらく中断したことにつき、私はここに遺憾の意を表します」


銀色に輝く優美な形の大宇宙船が数隻公海上に浮かび、全世界に向けて声明を放送している。地球政府代表団の随行員として、私は旗艦の広い会見室で彼女の声を聞いていた。


「今回の訪問に伴う情報提供でお知らせしたように、旧帝国の残党を率いる〝中枢種族〟は、私達新帝国の〝理事種族〟と同じく〝心結びしもの〟であり、高度の戦力と技術力を持っています。すなわち、種族を構成する全個体の精神を量子頭脳に移して結び、〝種族融合体〟を形成した最先進種族です」


いま銀河系は、多数の異星種族からなる〝新帝国〟と〝旧帝国〟の内戦状態にある。


「種族融合体においては、個々の人格は保たれますが、意思疎通が遥かに緊密化し、迅速広範な情報共有と高度演算、政策決定の能力を得るので、種族全体が星間国家の役職を務められます。また、必要に応じて人格群が様々な量子頭脳や人工体に移動し、〝分離体〟や〝分離個体〟として活動することも可能です。さらに、各人格は内部の仮想空間で多様な生活を送り、その安全な模擬実験シミュレーションの結果は現実活動の改善にも活かせるのです」


開戦当時は世界政府も持たなかった人類は、本来なら公式な接触さえできなかった。しかし戦争の勃発で予定が早まり、後者に加わることになったのだ。


「中枢種族は従来使われてきた亜空間航法に対し、より高次の空間を経由する、超空間航法ともいうべき新技術を開発しました。彼女達はこれにより、配下の種族を伴って銀河系からアンドロメダ銀河に逃亡した後に、現地の有力な種族達を征服しました。そして、私達が銀河系の再建に努めている間に艦隊を新造し、散発的ながらも組織的な反撃を加えて来たのです。この航法は、さながら車両技術に対する航空技術のように高速で、星間物質の希薄な銀河間宇宙の航行も可能ですが、発着宙域と航法精度に制約があります。この弱点を知った私達は、出現後の敵艦隊による目標の探索と襲撃を阻止するために、通信・交通を制限せざるを得ませんでした」


理事種族は多くの場合、愛らしい少女の姿で現れる。相手種族に威圧的な印象を与えないよう、その基本的な遺伝子型を持つ性別の、魅力的な若年個体の形態を選ぶそうだ。


「我が艦隊は敵を撃退できても本拠地までは追撃できず、帝国各所は多大な被害を受けました。しかし、新帝国でもすでに超空間を経由した通信・移動手段を開発中であり、先頃その実用化と前後して、アンドロメダ銀河の抵抗運動から、超空間通信による情報提供と救援依頼を受けました。それによると、旧帝国の逃亡政権は同銀河中央部の制圧に成功したものの、強権統治の失敗を繰り返し、先住諸種族のみならず科学長官ラジエルや文明開発長官レミエル、親衛軍提督ラグエルの離反をも招いたものと判明しました。また、技術的な情報提供により早期に発進できた先遣艦隊の報告から、同銀河の速やかな平定は確実視されるようになったのです」


新帝国の理事種族は悪魔や古代神の名を持ち、旧帝国の中枢種族は天使の名を持っている。ただし本当の神や悪魔、天使ではない。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330661980897103


現皇帝種族の〝光輝帝ルシファー〟サタンはかつて文明開発長官を務め、〝知恵の光を運ぶ者〟という意味でその別名を得た。彼女は初め、自身と友好種族が神を演じる神話によって、当時の人類など発展途上種族の文明化を助けた。次に、善悪二元論による一神教が初期文明の支援に有効と分かると、将来のことも考えて、〝先帝〟種族に似た厳しい善神が、自らの名をもつ魔王に打ち勝つ神話を用いるようになった。しかし、心優しい忠臣サタンのこの配慮が、後に裏目に出た。


おりしも銀河系統一が完成し、拡大の限界に達した旧帝国では、側近団をなす中枢種族などの軍事種族が腐敗と抗争に陥り始めていた。彼女達は〝先帝〟種族を傀儡かいらい化したあげく、遂には内戦を始めてしまい、これに巻き込まれた〝先帝〟は消息不明、帝国も崩壊の危機を迎えてしまった。


そこで、すでに発展しつつあった産業・技術種族や穏健派の軍事種族は、行政種族サタンを中心に新帝国を設立し、平和と復興をめざした。しかし途上星域の神話で、自分達の名前が異教の神や悪魔についていたことが災いし、支持獲得に余分な苦労が必要になったというわけだ。


ちなみにサタンの基本個体は、可愛い猫と蝙蝠こうもりの合いの子のような姿をしている。そんな容姿に慎重な性格も反映してか、人類型の分離個体ヒューマノイド・アバターを使う時には、可憐で繊細そうな少女の姿をとることが多い。

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