第56話 苦手なもの

「改めて聞くが、俺たちは君の相手ではないと、今でも思っているのか?」

「それは・・恋愛対象として、ですか?」

「そうだ」


二人の視線が陽妃に注がれ、彼女はちらりと紫水を見た。


「私の顔を見ても答えは書いていませんよ。反対してほしいならそうしますが、私はあなたと契約した者ですから、あなたの意に添わないことはできません」


一見突き放したような態度だったが、彼の言うことは間違っていない。彼と白銀と石榴は陽妃が契約した式。通常の契約は甲乙ある意味対等だが、この場合の契約は圧倒的に陽妃に主導権がある。

つまりは陽妃が無茶な命令をしても、彼らは従わざるを得ない。そこに彼らの意志は関係ない。結果、彼らが力及ばず倒れたとしても、一切の禍根は彼らにはない。


「それで、どうなんだ」

「それ、今聞かないといけないことですか?」

「今じゃ無くてもいいが、少しは考えてくれると嬉しい」

「じゃあ、そのうち」


正直陽妃は恋愛話が苦手だ。友人付き合いも乏しいのに、恋愛なんてハードルが高過ぎる。

出来るならそっとしておいてほしいと思っている。

けれどそうは行かないだろう。

彼らの「月宮の主」に抱く気持ちが無駄に大き過ぎるのは困りものだが、すべてを否定する権利は陽妃にない。

人の気持ちを他人が推し量れても、その気持ちを無視することも消し去ることもできない。


「なら、俺たちが君に自分を売り込むのは構わないな」

「え?」

「『そのうち』という社交辞令は、社交界では良くある。女性がその気がない相手からの誘いに対し、使い古された台詞です。申し訳ありませんが、人との交渉に当たっては私たちの方が上です」

「・・・・」


悔しいが、陽妃には彼らの発言を否定するだけの交渉力はない。


「今は・・無理」

「わかっている」

「ええ。はからずもあなたの命が危険に晒されていて、私たちの母が関わっている可能性がある以上、我々もそこまで厚かましくはありません」

「ただ、口先だけの逃げ口上は信用していない」

「逃げようとしてもだめです」

「別に逃げるつもりはないわ」


体が弱く入退院を繰り返していた時も、陽妃は諦めなかった。

霊に囲まれてどうしようもなくなった時も、諦めるという選択肢はなかった。


「こういうのは苦手なだけよ」

「そうしていると、陽妃様も普通の女の子ですね」


石榴が言うと、陽妃は心外だという顔をした。


「私はずっと普通だけど」

「王子である俺たちに臆すること無く遠慮も無く言いたい放題で、どこか普通だ」

「だから何度も言っているでしょ。気に入らなければ」

「気に入らないとは言っていない」

「そうですね。初めからあなたは他の人たちと違った。もしかしたら無意識のうちに本能が告げていたのかもしれません。あなたが私達が求めていたその人だと」

「それは…こじつけだと思います」


本能が働くのは主に危険を察知した時だと思っている。

今は陽妃が「月宮の主」だと知ったから、そう思っているだけで、彼らの思い違いにしか過ぎない。


「私は何も感じないもの」

「たとえ君がそうでも、俺たちはそうじゃない。だから君も覚悟を決めろ」


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