第25話 血と肉と骨に刻まれたもの
「遅かったな」
「待ちくたびれました」
「げ」
部屋に戻ると、マリオン王子とリュシオン王子がソファに座って待っていて、陽妃の口から自然と言葉が漏れた。
「そなたの言うとおり大人しくしていたぞ。話を聞かせてもらおうか」
どうやら今の言葉は聞こえていなかったらしい。
机には紙の束が山積みになっている。待つ間にも時間を無駄にせず仕事をしていたようだ。
明日にしてもらえませんかと言いたかった。というより、あまり関わりたくないというのが本音だった。
先ほどの音楽室の霊は「繋ぎの王妃」ということで月宮の主に対する恨みを抱いていた。
一人一人は些細な力しかなくても、集まれば大きな力になる。
自分が月宮の主の可能性があるなら、彼らと関わると狙われるリスクは増大する。
とは言え、一旦仕事を引き受けたからにはそれに応えるべきだろう。
「ひとつお伺いしますが」
「何だ?」
「遠慮無くおっしゃってください」
マリオン王子とリュシオン王子が二人並んでいるので、陽妃の座る場所は彼らと向かいになる。
その両脇に紫水と石榴が座り、白銀はどこかへ消えた。紫水が何事か囁いていたので、何か頼んだのかも知れない。
「月宮を諦めるつもりはありませんか?」
陽妃がそう言うと、二人が一気に険しい表情を見せる。
「どういうことだ?」
「そうです。月宮の主がどのような存在だと思っているのですか」
「次代の王妃・・ですか?」
「ただの王妃ではない。月宮の主は国の宝。国を護る礎。国民の希望。この国の平和の象徴だ」
バンとマリオン王子が机を叩く。積まれた書類がバラバラと崩れて落ちるのを、リュシオン王子が魔法で止めて集める。
紫水が陽妃の方へ飛んできた紙を大袈裟に撥ね除ける。紙一枚も陽妃に触れさせないという決意が見える。
「国の宝、国を護る礎・・」
「ここ数十年月宮の主は現われなかった。次ぎに得られなければこの国は重大な事態になる」
「お二人のお母上、今の王妃様も月宮のお方ではない。おばあ様の先代王妃様も、ですよね」
「だからどうした?」
「世間で王妃様達が何と呼ばれていらっしゃるか、殿下方もご存知ですよね」
またもや二人の顔が険しくなる。リュシオン王子はすぐに顔を緩めたが、マリオン王子は「何が言いたい」と此方を睨み付ける。
「月宮の主に対する期待が大きければ大きいほど、そうでない王妃様への風当たりが強くなる。光が強ければ影が濃くなる。どんなに聡明で心優しくとも、月宮の主で無いと言うだけで認められない。お気の毒だと思いませんか?」
「・・・・」
心当たりがあるのか二人は顔を見合わせ、互いに頷く。
「すべては女神トリシュの思し召しだ。百年も生きられない我々人間がとやかく言うことではない」
「あなた方ご自身はどうなのですか?」
「私たち?」
「ええ、月宮の主をどう思われているのか。わかっているのは薄紅色の髪と碧玉の瞳だというだけ。それ以外は姿形もわからない。そんな相手を、あなたたちはただ月宮の主というだけで、受け入れられるのですか」
「バイルシュタインの王族に生まれた者として、我々は生まれた時からこの国を良き方向に導く運命を背負っている。それはこの身を造る血と肉と骨に刻み込まれていると言っていい。姿形がどのような者であろうと、そのすべてを受け入れる覚悟は出来ている」
「兄上の仰るとおりです。それに女神トリシュが、我らに与えてくれた月宮の主を、我々が受け入れられないはずがありません」
「そ、そうですか・・」
なんという妄信。何という刷込み。何という思い込みだろう。
「では、言い方を変えますね」
コホンと咳払いして、陽妃は言葉を続けた。
「その月宮の主という人物が現われたとして、その人があなたたちを拒んだら、その時はどうされるのでしょう」
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