第28話 聖女の真実(ルセウス)

「僕としてもせっかくこうして交流が出来るようになったラガダン王国との関係を再び悪化させるのは本意では無いからね。でも、少しは期待していたんだよ。兄の僕から見てもアレは妖精姫と呼ばれるほどに見た目は良いからさ」

「みくびるな。いくら見た目が良くても中身が伴わなければ意味がない」


 向かい合うエワンリウム王国王太子アレクシオとラガダン王国王太子イドランが区切りがついたと笑い合って手元の紅茶を口にしたのを合図に場の空気が和らぎ、私は連日の話し合いが漸く終わったのだと安堵し、これでアメディアの元へ帰れると胸を撫で下ろした。


 当初の議題は貿易取引。

 エワンリウム王国は鉱石、ラガダン王国は生地。そして両国を繋ぐ街道を整備する事で双方の国の流通量と交遊の機会を増やすというものだった。

 この話は早々にまとまったが、王女殿下とイドラン王太子の婚約を結ぶか否かに話が移ると二人の王子の意見は「あげる」「要らない」とある意味、真っ二つに分かれた。


 ⋯⋯まあ、王女の性格と所業を知るアレクシオもイドラン殿下が婚約を受けてくれるとは思っていなかったようだが。


「リシア家に滞在している間、数々の嫌がらせを見た。自らの手を汚さず人を使うのは感心したが詰めが甘い。策略を張る者としては、それは致命的だ」

「あはは⋯⋯そりゃあね。彼らは訓練を受けた防諜員でもなければ暗殺者でもないのだから仕方ないよ。彼らはアレのただの崇拝者だ」


 イドラン王太子はリシア家の執事として過ごす間に数々の嫌がらせをその目で見てその耳で聞いて来た。

 

 王女主催のお茶会での嫌がらせはラガダン王国の生地を使ったアメディアのドレスの一件からは大人しくなったが、細々しい嫌がらせは続いた。

 ある日は図書館で借りてもいない本の紛失をアメディアのせいにされ、セオス君がどこからともなく探し出し司書の不注意だったと謝罪させる事で解決したが、その他にも菓子店へ買い物に行けば目的のものは目の前にあるのに在庫がなくて売れないと断られたり、すれ違いざまに悪態を吐かれたり。

 リシア家には差出人不明の不幸の手紙が連日届いたり、相変わらず屋敷を囲う壁に落書きをされたり⋯⋯本当にくだらない嫌がらせの数々だ。


「嫌がらせがある都度アレクシオに報告を上げ、その全てが王女の差金だと知った時はくだらな過ぎて大笑いしたぞ」

「恥ずかしい限りだ⋯⋯僕にはアレを止められる権限がないんだ⋯⋯まだね。けれどイドラン殿下とこうして親しくなれたのは幸いだよ」

「ふんっ、自分の思い通りにならないと喚き散らすのは子供なら許される。しかし、もう子供とは言えない上に王族としての態度ではない。それ以前に人としての教育をするべきだ」

「そこまで言う? どうしてもダメ?」

「何度聞かれても答えは同じだ。我が国では受け入れられない」


 そうキッパリ言い切ったイドラン殿下の言葉を聞き、私も気持ちは一緒だと何度も首を縦に振った。

 そんな私達を見て溜息を吐いたアレクシオだったが、これ以上は何を言っても無駄だと悟ったのか諦めたように苦笑を浮かべてからすっとその表情を消した。


「婚約が無理となった今、別の手段を取ろう。今年は前回から五十年になる。聖女選定は今年の冬に行われる。そこでディーテを聖女に任命しよう。元々聖女選定は魔力量を測り候補者の中で魔力が高い者が選ばれる仕組みだ。王族のディーテの魔力は今代飛び抜けて多い」


 昔と変わって今の聖女選定は形骸化したもの。聖女はその身を神の花嫁としても良し、伴侶がいるものはその家族と共に神殿に住んでも良し。

 ただ神殿から依頼される祈りを捧げるだけ。そんなもの褒美にしかならないのではないか。

 私の表情が険しくなったのだろう。アレクシオは肩を竦めた。


「ルセウスの言いたい事は分かる。しかしディーテを神殿に入らせる事で監視がしやすくなるのだ。監禁は出来ないが行動を制限する事は出来る」


 私としてはアメディアを不安にさせた罰がその程度か、としか思えないが。腐っても王族に対して厳罰を求めるなんて革命を起こさない限り何も出来ないのも事実。


 私はあと少しの我慢だと頷くに止まった。


「まあ⋯⋯アレには国の為に生贄になってもらうって事だよ」

「生贄?」

「物騒な話が出て来たな」


 「生贄」と言う言葉に私の背中に冷たい痺れが走った。


 私とイドラン殿下が顔を合わせ、アレクシオは小さな溜息を吐きエワンリウム王国に伝わる「聖女伝説」には王族にだけ伝わる本来の意味があるのだと語った。


「エワンリウム王国の王族は太古の昔にある一つの部族から始まった一族だ。我々が王族として君臨していられるのは国神様に生贄を捧げて来たからだ。いつしか生贄は「聖女」と呼ばれるようになって現在に至る」


 国神様。私の脳裏に毛玉と一人の少年が浮かんだ。それは屈託のない笑顔をみせる少年⋯⋯セオス君だ。


 あの彼が生贄を求めている? 生贄を捧げる代わりに王族を護っている? まさかそんなことはあり得ない。嫌な考えだと私は小さく頭を振る。しかし、もしもだ。セオス君はアメディアに懐いている。彼がアメディアを「聖女」にと求めたら──。


「アレクシオ殿下っ一度帰らせていただきます!」

「うわっ! なんだい急に。今日のところはもう終わりだから帰って良いけど──て、どうしたんだアイツ」


 嫌な考えが振り切れず私は居ても立っても居られなくなった。今すぐにアメディアに会いたい。

 私を見てアレクシオは驚きの声を上げるが、私にとってこれは一大事だ。


 挨拶もなく席を立ち私は急いでリシア家へと向かった。

 胸騒ぎがする。

 鼓動は早まっているのに込み上げる不安は全身の体温を奪って行く。


「アメディア!」

「お帰りなさいませ。お嬢様でしたらセオス様と神殿に行かれたようですよ」

「神殿に⋯⋯」


 嫌な予感が浮かぶ。

 何故、どうしてと⋯⋯しかし答えが出るわけもない。

 神殿と聞き、何故か足が震えた。まるで私の本能がその場所に行く事を拒んでいるようだった。何故か怖い。恐ろしい。

 ──いや、私は今度こそアメディアを護ると決めた。今度こそアメディアの手を離さない。そう覚悟したのではないか。


 もう二度と後悔をしたくない。


「ルセウス様!?」

「私も神殿へ行きますっ」


──ルース──

 

 ふと、アメディアの声が聞こえた気がした。

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