第22話 毛玉「良いところ」を邪魔する

 ヤリス侯爵家から帰宅した私とルセウスは長い話を始めた。


 今の私は二回目なの。

 

 そう切り出した時のルセウスは驚いてズレた眼鏡を直す事なく、目を瞬いた。


 私は前回、王太子の側近に選ばれて忙しくなったルセウスとはすれ違い気味だった事、贈られた品がディーテ様を思わせる品だった事、ある夜会では幾何学模様をあしらったルセウスのイブニングコートがディーテ様とお揃いだった事⋯⋯ルセウスがディーテ様に傾心し、私との婚約を後悔しているのだと思っていたと話せばルセウスは表情を強ばらせていた。


 そして、聖女選定。


 私はディーテ様にその結果をすり替えられ、偽聖女となり神殿へと押し込められた。

 神殿に閉じ込められた一年間。始めの頃誰かが届けてくれていた生活品や食料はいつしか途絶え、ルセウスと家族へ宛てた手紙の返事はなく、誰も会いに来てくれなかった。

 私は捨てられたのだと、飢えと寒さと寂しさの中、全てを諦め最期を迎えたのよ。


「やっと孤独から解放されるって⋯⋯その最期の時⋯⋯エワンリウム王国の国神様に⋯⋯三年前に時を戻してもらったの」


 テーブルに山盛りになっているお菓子に埋もれた毛玉を見て私は思わず笑みになる。あの時のセオス様、必死だったわね。精霊達に怒られるって。


「戻された日がちょうどルースとの婚約式の日だったのよ」

「⋯⋯私に対するディアの様子がおかしくなったのも婚約式からだったね」

「私も混乱していたけれど、ルースと婚約しなければ私はディーテ様に憎まれる事もない、ルースの心変わりを見なくて良い。そう考えていたわ。同じ未来にはしたくないもの」


 時を戻った今、同じ過去なのだからルセウスはいつか私を疎ましく思うようになり、婚約を後悔する。その時は潔く身を引こう。そう思ったから。


「知っていたから、見て来たからディアは王女の嫌がらせを避ける事が出来た⋯⋯」

「ええ、お茶会の招待は私にだけ遅い時間を指定すると知っていたし、参加される方も知っていたの。夜会も⋯⋯ディーテ様がルースを連れて行くって知っていたから。でも、憎まれないようにって思っていても⋯⋯ルースとディーテ様を見るのが辛くて、王太子殿下に気付いてもらえるようにしたの」


 孤独な未来にならないよう私は違う選択をする様に行動してきた。

 けれど、そのせいなのか今回はリシア家に嫌がらせがされたり、セオス様の誘拐やヤリス侯爵家の夜会にアーテナが居たり私以外の人に影響が出てしまった。


「⋯⋯聖女になりたくない、だから前回と違う選択をすれば良いと、私は自分の事しか見えていなかったのね」

「それは当然だ。誰もが自分を守りたいものだ。それにディアは⋯⋯辛い未来を見たのだから」

「それでも! 私のせいで⋯⋯だから私は、私だけが憎まれれば良いって⋯⋯」

「そう考えなくて良い。ディア、一人で抱え込まなくても良いんだ」


 ルセウスの言葉に涙腺が崩壊する。

 我慢しようと思うのに溢れ出る感情を抑えられない。優しく頭を撫でてくれるルセウスに甘えて私は暫く泣き続けた。


「夢の中の私はディアを失った後悔に沈み絶望していた。私には夢の事でもディアには起きた出来事だったのだね。夢の中の私は贈った品をディアが身に着けていない事を訝しんでいたし、王女と踊る私を寂しそうに見ていたディアに申し訳なさを感じていた。ディアの捉え方と私の気持ちはすれ違いと言うより、ズレていたんだね。私の眼鏡のように」


 戯けるように眼鏡をトントンとするルセウスに私は思わず泣き笑いになる。


「ルースは信じて、くれるの?」

「私はディアに信じてもらいたい。だからディアを信じる」


 そう言って抱き締めてくれた腕の中はとても温かくて心地良い。


「ディアは前回と違う選択をすると言っていたね。 ならば私も前回と違う選択をしよう」


 身体を離したルセウスは一度隣の部屋、リシア家に滞在している間の彼とセオス様の部屋に行き、帰ってきた時には二枚のデザイン画を手にしていた。


「私が信じると言ったのは心情だけではない。これを見てご覧」

「──、これは」

「次の王宮での夜会用に作る予定の私とディアで対になるデザイン画だ」


 そこには幾何学模様があしらわれた揃いのイブニングコートとドレスが描かれ、細かい指示が書き込まれている。


「ディアは私と王女が幾何学模様が揃いのデザインだったと言ったね。これはまだどこの店にも発注をかけていないし私だけが知るものだ。それをディアが口にした」

「⋯⋯ルースがデザインしたものだったのね」

「そう。ディアを想ってね。未来の私は贈り物を奪われ、ディアの為のドレスまで奪われて酷く憤慨しただろうね。私だったら王太子の側近を辞めるくらいはする。だから、これは作らない」

「あ!」


 ビリっとデザイン画を破くルセウスの手から紙が落ち、その指が代わりにもう一枚のデザイン画を指し示す。


 エワンリウム王国は全ての国民は生まれた時に印花と呼ばれる花を授かる。

 私はコスモス。ルセウスはアスター。そしてディーテ様はセオス様が誘拐された時のお土産だと持ってきたハンカチーフに刺繍された白百合。


 ルセウスがデザインしていたのは私のドレスにアスター。ルセウスのイブニングコートにコスモスがあしらわれたもの。


「私はディアを愛している。これはディアが見てきた未来の私の想いでもあると断言できる」


 今度は嬉しくて涙が溢れた。私は未来の一年間、孤独に押し潰され、寂しかった。

 それはルセウスも同じだった。


「国神様に感謝しないと。私達はやり直せる。私はディアと未来を変えられる」


 ルセウスの言葉に私は何度も頷いて応える。どちらともなく見つめ合った私達は微笑み合い、そのまま距離が近付く──。


 ドササッ!


 幸せな気持ちに頭がぼぅっとしていた私はお菓子の山が崩れる音で我に返った。

 忘れていた。そうよ、セオス様が居るのだった。


「ボク様に感謝するとは良い心がけだなルセウス」


 セオス様はそう言うけれど、そもそもセオス様が国神会議を一年も長引かせたのではないかと言う疑惑は私の中で拭えていないわよ。


「セオス君!? どこにいるんだい!?」


 二人だけだと思っていたルセウスは真っ赤になって弾ける様に私から離れると部屋を見渡した。


 けれどもセオス様の声はすれどその姿は無く、代わりにお菓子の山の頂に真っ白な毛玉だ。


 ルセウスは「何だこの物体?」と呟き菓子の山に恐る恐る近付いて伸ばした手をピクリと止めた。


「ルセウス、ボク様が分からないのか?」


 ポフポフと跳ねて抗議するセオス様はルセウスの顔めがけて勢いよく跳びかかり、「うぐっ」とうめき声を上げたルセウスが顔から毛玉を引き剥がして放り投げようとした腕を私は押さえて叫んだ。


「ダメっ! セオス様、毛玉! 毛玉!」

「む、あっそうか」


 ポフン。と煙に包まれたセオス様はいつもの少年の姿を表してエヘンと胸を張った。


「せ、セオス君!?」

「ああ、ボク様はセオスだぞ」


 ルセウスの顔色が今度は白くなる。


「セオス君⋯⋯エワンリウム王国の、国神の名は⋯⋯セオステオス⋯⋯」

「ん? だからボク様がそうだぞ?」


「セオス君が⋯⋯国神⋯⋯さ、ま」

「ルース!」


 腰を抜かしたルセウスを支えようとした私も一緒に座り込む。

 そんな私達にセオス様が得意気に言い放った言葉は私とルセウスの羞恥を自覚させるのに十分な威力があった。


「なあなあお前達、さっきのが「良いところだった」ってやつか? 本で読んだぞ。人間は面白い事をするのだな」

「!?」

「ボク様は構わないぞ続けてくれ」

「──!?」


 ああ⋯⋯またルセウスが頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になって顔を覆ってしまった。

 でもそれは私がする仕草じゃないの!?


「ディア、私は今、物凄く混乱している」

「ええ、私はどうこの場を治めれば良いか困惑しているわ」

 

 毛玉に戻ったセオス様がルセウスの頭の上でポンポンと跳ねるとルセウスは力無く床に突っ伏した。


 ふるふると暫く頭を抱えていたルセウスが起き上がり、歩けるくらいに回復したのは日付を超えた時分。

 ゆらりと立ち上がったルセウスは毛玉のセオス様を抱き抱えフラフラと歩き出した。


「ディア、お休み⋯⋯」

「え、あ、ええお休みなさい」


 部屋へと戻るルセウスの背中に哀愁が帯びている気がする。私の事、セオス様の事。驚かせ過ぎたもの⋯⋯ごめんね、ルセウス。

 

 ルセウスの腕中でサワサワと毛を揺らしているセオス様には「人間を揶揄ってはいけない」と教える事が増えたわね⋯⋯。

 

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