第20話 lost world 2(ディーテ)
何なの! 何なの! 何なの!
私はこの国の王女よ! その私にこんな仕打ちをしてただで済むと思っているの!
こんな粗末な所に閉じ込めて! お父様に言い付けてお前達全員処刑してもらうわ!
「ここを開けなさい! 私は王女ディーテよ!」
私が何度訴えても重厚な扉は開く事なく何の反応もない。王族の命令を聞かないなんてここを出たら全員反逆罪で絶対処刑してやるわ。お兄様はお父様は国王じゃなくなったって言っていたけれどそんなの嘘よ。私を不愉快にさせた者は皆お父様が処分してくれたもの。私をこんな所に閉じ込めた者をお父様は許さないわ。
「こんな事になったのはあの女が姿を消したからよ。折角神殿に閉じ込めたのに居なくなっても私の邪魔をする」
そうよ私をイラつかせるのはあの女。ルースは私が好きで贈り物だってドレスだって私に贈りたくてもあんな女が婚約者だったから贈れなかったのよ。だから私は贈り物をちゃんと取り戻してあげて、邪魔者を排除してあげたのに。
それなのにルースはあの女が好きだなんて言い出してどうかしてるわ。あまつさえ愛しているですって? 私以外を愛するなんてあり得ないわよ。私の方が可愛いし魔力も高い。何より私は王女よ。子爵位なんかより王族の伴侶になる事ができたのにそれを拒否するなんて馬鹿な男だったのね。
ああ、助けにも来てくれないルースなんてもう要らない。
顔は好みだったのに私の可愛さをありがたく思わない男なんて捨てればいいのよ私には伯爵家の次男よりもっと高貴な人が相応しいわ⋯⋯ああ、そうよ! 私が婚約してあげていた隣国の王子がいるじゃない。
まあ、顔が全然良くないし、筋肉の塊で私の好みじゃないから婚約破棄しただけなのに宣戦布告するような野蛮人だけど結婚してあげれば隣国の王子は喜ぶわ。だってこの妖精姫と呼ばれる私を妻に出来るのだから。それに隣国へ行けば私は王女ではなく次期王妃だものね。
「お兄様を呼びなさい!」
ふふっ。
隣国が国境を越えようとしているのも私を攫いに来たに違いないもの。
それにお兄様もきっと喜んでくれるわ。諍いを止める為に隣国の王子と結婚する健気な妹だと感謝するわきっと。
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美しい花、美味しいお菓子に綺麗なドレスが差し出され私が微笑むだけで人々は妖精姫だと傅く。
誰も私に逆らう者など居ない。
私はこの国で一番美しくそして強い魔力を持つ選ばれた王女なのよ。
「嫌! 私は嫌よ!」
「ディーテ、これは国の為なのだよ」
「だって隣国の王子って筋肉の塊で私の嫌いなタイプだもの」
「しかし⋯⋯王族の務め⋯⋯」
「お父様は私が可愛いくないの?」
ある日、長い間小競り合いが続いていた隣国との関係改善の為、私と隣国の王子との婚約が上がった。
お父様は王族の務めだとかお互いの国の繋がりだとか意味の分からない事を言っていたけれどそんなの私には関係ないわ。
お父様も「嫌なら断る」と言っていたのに結局書面だけの婚約が結ばれてしまった。
最悪だったわ。でもどうせ破棄してやれば良いのだし私は気にしない事にしたの。
「ルース! 王宮に来ているのなら何故私に会いに来ないの!」
だって私は今バートル伯爵家のルセウスが好きなのよ。
お兄様と並ぶ彼はスラリとして綺麗で一目惚れだったわ。
お兄様の側近の彼はいつも私に綺麗な笑顔を向けてくれて彼も私が好きなんだって分かったの。でもね、ルースに婚約者が居るから私に愛を告白できないのが可哀想だった。
「何故と言われましても⋯⋯私はアレクシオ殿下の補佐。仕事で来ているのです」
「んもうっ! 堅苦しいわね。そんなのどうでも良いじゃない。ねえ庭を歩きましょ」
疲れた表情も良いけれど私はルースの腕を取って微笑んであげる。
この笑顔でルースが癒されるのだから。
私はいつでもルースをそばに置きたいとお兄様に言ったのに中々私にルースをくれなかったけれど、お忍びで街へ出た時に入った店がルースが利用する店だったのはやっぱり私はとルースは運命で結ばれているのだと思ったわ。
「あら、これは? 素敵な品ね」
「ええ、ルセウス様が婚約者様に贈られる品です」
「まあ、私への贈り物なのね。ルースったら何も言わないんだから」
「? ええ⋯⋯おかしいと思ったのですよ。王女殿下とルセウス様は想い合っているのに違うご令嬢宛なのが。そうですかではあちらに何をお届けしましょう」
「別に何も要らない⋯⋯そうだわ、これとこれ。ね? 私らしい品でしょう?」
「ええ、ええ王女殿下はセンスがよろしいですね」
私に贈り物をしたいのに公に出来ない。だったらルースが本当に贈りたい私がこうやって店で受け取れば良いのよね。
婚約者の方にはルースから何も贈り物がないとルースが婚約者を蔑ろにしたって言われてしまうから、ルースには私がいるのだと知らしめる為違うものを手配したの。
それからはルースが婚約破棄出来る様に私は頑張ったわ。
私の恋を応援してくれる者達は私が憂いると何でもしてくれるし、店の店主を始めに菓子店の店員、図書館の司書、城の騎士。皆んな私を崇め慕い尽くしてくれる。
夜会や舞踏会ではルセウスが手配してくれたものを身に着けた。驚く彼に微笑んであげると感激のあまり言葉を失っていたわね。
その時のルースの婚約者の顔は負け惜しみなのか私が選んだ似合わないドレスと装飾品で飾り、馬鹿みたいにニコニコとしていたわ。
一向に婚約を辞退しないあの女。
いつもルースは婚約者に縛られている。
そこで私は思い付いたの。
あの女を聖女にして神殿に入れてしまえと。
聖女選定が近付いたある日。私は神殿の司祭にルセウスと私の邪魔をする女が次の聖女になれば良いと憂いてみたの。
それからは気分が良いくらい簡単に事が進んだわ。
司祭達が私の結果とあの女の結果を入れ替えた結果あの女は聖女になった。
あの女は抵抗したらしいけれど決まったものは覆らない。私は早く神殿に入れるよう司祭達を急がせた。
これでやっとルースが私に愛を告げられる。そう思ったのにそれでもあの女はルースを縛り付け続け、その間に忘れていた私の婚約話が進んでしまっていたのよ。
「婚約破棄よ。どうして私がこんな男と結婚しなければならないの?」
顔合わせで私はハッキリと断ったわ。
政略なんて真実の愛を育てている私には無用のものなんだもの。
「私は妖精姫よ。妖精に愛された王女。貴方のような筋肉だけの男なんて似合わないでしょう? それに隣国は我が国より小さいもの。そうだわ! そんなに私が好きならば我が国に併合してしまえば良いじゃない。良い考えでしょう? それなら私をいつでも慕えるわよ」
私に見惚れていたのか隣国の王子は顔を真っ赤にさせて逃げ帰ってしまった。
あ、そう言えばその後すぐだったわね。私の婚約が無くなり。辺境が騒がしくなったのは。
私には関係ない事だったけれど。
邪魔者は居なくなりこれで全て上手く行く⋯⋯はずだったのに。
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「私が隣国へ嫁げば諍いは終わるわ。ね、良い考えでしょう?」
私はお兄様に微笑んだ。
「お前は一体何を言っているんだ。お前が勝手に破棄した婚約を今更覆せるものか」
帰ってきたのは冷ややかな声。
「それからな、隣国がこの国へ侵攻しているのはお前の一言が彼らを怒らせたからだ。国を差し出せなんて言わたらどの国だって怒り狂うだろう」
「そんな器の小さい事! 私が妻になるのよ!」
「⋯⋯ルセウスの言う通りだな⋯⋯お前は化け物だ」
お兄様は頭を押さえてグラスを煽る。私も喉が渇いていたしグラスを口にする。
あ、これ私が好きな果実酒。ふふっお兄様はあんな態度だけれど私を思っているのね。
「お前の魔力はとても高い。そしてそれが人の心を操れるものだと僕は気付いていたよ」
「⋯⋯何の話かしら?」
「僕とアイオリア、ルセウスはその力を跳ね返す魔石を常に持っているからお前に惑わされなかった。まあ、他にも持っている者は居るし、隣国の王子にも渡していた」
お兄様達に私の魔力が効いていなかった。それが何だというの。
グラスを置いたお兄様はとても怖い目をして私を睨んだ。
「辺境で起きている争いは間もなく沈静化する。お前が嫁ぐ必要はない」
「あら、そうなの。じゃあ新しい婚約者を探して。ルセウスも、もう要らないし今度は綺麗な人にしてね」
なあんだ良かった。やっぱり筋肉の塊は好みじゃないもの。
「それも必要ない。お休み、ディーテ」
「お兄様⋯⋯っ」
喉が焼けるように熱くて痛い。
何、これ。
「お前に分からせられないのが残念だ」
視界が暗い。お兄様が椅子から落ちた私を格子越しに覗き込んだ。
「お前は、ルセウスとアメディアを苦しませ、人の心を蔑ろにしただけではなく、何よりも重い戦争を起こさせた罪人だ。甘やかされたとしても気付く機会はいくらでもあった。それをしなかったのはお前の罪だ」
お兄様の声が遠くなる。
私が悪いんじゃない! 私は悪くない! 私は愛されて当然でしょう! 妖精姫なのよ! 私を好きにならない奴らなんてどうでも良いじゃない!!
私は悪くない! 私は悪くない!!
「甘やかすだけが愛情じゃない。可愛いからこそ厳しくしなければならない時もある⋯⋯お前を可愛いと思えなかったのは僕の罪だ」
最期のお兄様の声。その意味を私は知らない。私は知らなかった。私は自分の思うまま行動しただけなのに。
何もかも。私が、悪かった⋯⋯の?
世界が闇に飲まれた。
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