第13話 信じたいと信じられない
ただ聖女になりたくないだけなのにこんな事になるなんて。
「怖いですね⋯⋯」
そろそろ日が沈む。カーテンを閉めようとしたメイが手を止めてどこか沈んだ表情でため息を吐いた。
「今までは気にしておりませんでしたが、ああやって監視されていたなんて気味が悪いですねえ」
メイの影から私も外を覗いて頷いた。
夕方の時刻。忙しそうに行き来する通行人。それ自体は何もおかしくないけれど良く観察してみると同じ人が行ったり来たりしている事に気付く。
彼らはまるで何かに操られているかのように一定の速度で通り過ぎてはまた戻って来ていた。
「気が付かなかった私もかなり鈍感力が高いわね」
自身の鈍さが恨めしい。まさかこんな事で気付かされるとは思わなかったけれど。
「ディア⋯⋯本当に、いいのだろうか。その⋯⋯セオス君の部屋を⋯⋯」
私が外を見るのを止めて扉が開く気配に振り向けばルセウスが気恥ずかしそうに眼鏡を押さえながら顔を覗かせた。
⋯⋯うん。これも、私が未来を変えようと動いた結果。
「ボク様と同じ部屋は不満か?」
「いや、君が、ではなく⋯⋯私の問題だから」
ルセウスは暫くリシア家に滞在する。
昼間の話し合いが終わる頃、バートル家から荷物が届いた。
ルセウスも知らない荷物。開けてみればルセウスの日用品や着替えが詰められていて、手紙が添えられていた。
差出人はなんとアレクシオ王太子。
内容は、リシア家と私を護る為に王太子の騎士を警護に付かせた。ルセウスがリシア家に滞在し、その指揮を行う。
ただし、ルセウスがリシア家に滞在している事はバートル家、リシア家共に秘密厳守である事。と書かれていた。
私信でルセウス宛に「これは命令だからね。僕に感謝して」と。
お父様とお母様は驚き半分、安心半分で王太子殿下とルセウスに感謝していたけれど、ルセウスは騎士の警護は聞いているが自分がリシア家に滞在するなんて聞いていないと震えながら手紙を読んでいた。
結局近くに居る方が私を護り易いだろうとセオス様の部屋を使ってもらう事になったのだけれど家の人達にすっかり馴染んだセオス様の部屋は私の部屋の隣。
大抵夜は毛玉に戻って私の部屋で転がっている事の方が多い普段のセオス様でも人前に出る時は男の子の姿なのだから私と同じ部屋と言うわけにもいかないものね。
そのセオス様の部屋が隣だと知らなかったルセウスは案内されて絶句していた。
そして今に至るわけで。
「お一人部屋が良いですよね。セオス様は私の部屋で過ごす事が多いので気兼ねなく使ってください」
「っ! まさか夜もディアの部屋で!?」
「夜はその時々、自由ですよ。そっか、私の部屋に来てもらえば良いですね。セオス様、暫く私の部屋で過ごしていただけますか?」
「だ、ダメだ! よる、夜に男女が同じ部屋で寝るなんて不健全だ! いや、夜でなくてもだ! な、なにより君は私の婚約者だ他の男とど、同衾なんてっ」
「同衾て⋯⋯セオス様は子供ですよ」
「なんだルセウスはアメディアと寝たいのか。なら、ルセウスも一緒に寝れば良いだろう」
「一緒に!? ディアとっ!?」
「ルセウス様!?」
頭から湯気が出るのではないかと思うくらい真っ赤になったルセウスが硬直した姿勢で倒れるのをメイと私で支えて大事には至らなかった。
メイは「冷やすもの持ってきます」と慌てて部屋を出て行き、セオス様は大笑い。
こんな調子で大丈夫なのかな。いや、護られる私が何かを言える立場ではないのだけれど。
それにしてもルセウスはこんなにも純粋なのになんで前回は⋯⋯純粋だからディーテ様に惹かれてしまったのかな。純粋故に盲信的な深みに嵌ってルセウスは私を嫌うまでに⋯⋯なっていたのかな。だから、神殿に押し込んだ。そうだとしたら本当にルセウスは馬鹿だと思う。
だったら、ハッキリと言ってくれたら良かったのよ。婚約破棄するって。
笑顔で受け入れる事は出来なくても私はルセウスが幸せになるのなら身を引くくらい出来たよ?
「ねえルース。今回は貴方を信じても良いのかな」
この半年、呼ばないようにしていたルセウスの愛称を声に出してみる。眼鏡がズレて曝け出された綺麗な顔。
もうすっかり大人の顔付きになったのだなとそっと触れれば昔の様なふにふにとした柔らかさは無くなり少し荒れている気がする。忙しいとは言っていたけれど、休めているのかな。
その時、ルセウスが驚いた様に目を見開き涙を溜めた。
「ディア、今⋯⋯なんて⋯⋯」
私がルセウスの愛称を呼んだ事に驚いたそんな表情。身を起こしたルセウスは嬉しそうに涙笑で私を抱き締めて来たのだ。恥ずかしくなって離れようとしたけど何故か更に強く抱き込まれて動けなくなってしまった。
「もう一度、呼んでほしい」
耳元で囁かれたルセウスの声はどこか甘く切なく響き、こんなにも胸が苦しい。
今まで何度も呼んだ名前なのに言葉を紡ぐ勇気が持てない。私は心からルセウスを信じたいのに信じられていない。
私はルセウスの背に手を回したい衝動を抑えるのが精一杯だった。
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