第2話 毛玉

 なんだかふわふわする。しかも暖かい。

 ……あれ? なんか、柔らかいものが顔に当たってる……。

 これはなんだろうなぁと思いながら、しばらくその柔らかさを堪能していると──ベロンと生暖かい感触。

 ぬるっとした気色悪さに目を覚ました私は飛び起きた。


「きゃっ! ──あ、あれ?」


 私が寝ていたのは神殿の質素なベッドだった。それなのに清潔なシーツに包まれ、申し訳程度だった敷布団が弾力のあるマットに変わっている。おまけに毛布はふかふかだ。

 キョロキョロと見回せば質素どころか立派な部屋で、大きな窓から太陽の光が差し込んでいるし、暖炉ではぱちりと小枝が燃えていた。


 懐かしく感じる部屋。ここは⋯⋯リシア家の私の部屋だ。


「よしよし、上手くいった。うん。流石ボク様だ。いやー良かった良かった。これで精霊達に叱られずに済むね」

「毛玉がっ! 毛玉が喋った!? きゃあっあ──むぐっ」

「ああっ! 騒ぐな大人しくしろ!」


 急に白い毛玉が飛び跳ねて私の口を塞いだ。うっぐ⋯⋯毛が口に入ったじゃない。


「静かにしていてね騒いでも何も良い事はないんだから。あのさ君、なんで神殿に居たの?」


 毛玉がコロンと私から離れてベッドの上に転がった。

 どこが顔なのか、そもそもこの毛玉は何なのか全く分からないけれど、モフモフでモコモコでまあるい姿は可愛いかも知れない。

 私がまじまじと見てしまったからだろうかモゾモゾと身体を揺らした毛玉はボフンッと音を立てて煙に包まれた。思わず目を閉じるけどすぐにそろりとその目を開く。

 するとそこには黒い髪に赤い目の小さな男の子。ただ普通とは違うところがあるとすれば彼が宙に浮かんでいるところ、かしら。


「人間にはこっちの方が良いのかな。ねえ、それで、どうして神殿に居たの?」


 毛玉から男の子。どっちも不審ぶつに違いはない気がするのだけれど⋯⋯。

 吸い込まれそうなくらい真っ直ぐに見つめてくる男の子の視線。今の状況も彼の存在も何故か気にならなくなって私は話してみる気持ちになった。


 この国、エワンリウム王国は平和と安寧を国神に祈る為五十年に一度、聖女が選ばれる。

 聖女はその身を国神と王国の為に捧げる事から国神の花嫁とも呼ばれ、歴代の聖女達は国神のもとで大切にされ幸せに過ごしたと歴史書に残されている。

 そして今代、聖女に選ばれたのはこの国の第二王女ディーテ様だった。

 でも、ディーテ様は聖女選定の際、その結果を私のものとすり替えてしまったのだ。

 私が「自分は聖女では無い」と訴えても誰も聞き入れてくれず、聖女に選ばれた事を名誉と思えない不届き者だと危険視されてしまった。

 私は危険思考を広めないように誰と会わせてもらえ無くなり、逃亡防止の為幾重にも結界が張られた神殿にたった一人で押し込められてしまったのだ。

 そして誰にも会えず、出ることも叶わず、国神様も現れず一年。

 食べるものが尽き、ベッドから起きることも出来なくなった私はただ死を待つばかりだった。


「えー⋯⋯花嫁ぇ? なにそれ」

「国神様は、国を護る代わりに五十年に一度聖女を求めたと伝わっています」

「えぇぇー⋯⋯生贄じゃんそれ」


 生贄。聖女に選ばれる事は名誉な事。そう教えられている私達は絶対に口にしない言葉だけれど、一年。神殿に閉じ込められた私は聖女と呼ばれる国神の花嫁は生贄なのだと理解してしまっている。


「でも、私は国神様に選ばれた聖女では無く、偽物の聖女だったから⋯⋯国神様は現れてくれず、生贄にもなれなかったんですね。偽物だから家族にも友達にも⋯⋯好きな人にも捨てられたんですね」


 視界が滲む。私は辛かったのだ、寂しかったのだ。

 もしも、ディーテ様のすり替えが起こされなければ。

 たとえ生贄だとしても王女であり、聖女であるディーテ様が神殿に上がっていたら大切にされ、国神様に愛され、皆が神殿を訪れたのだろう。


「ええぇぇ⋯⋯ボク様聖女なんて選んでないし、そもそも要求して無いし。あー、なんか女の人が良く来るなあと思ったけどそう言う事だったのか。ボク様、何か願い事があるから来ていたのかと思っていたよ。だから彼女達の願いを叶えてあげたんだけどね⋯⋯そうか、それでか。生贄だったからみんな違う世界へ行きたいって言ったのかあ」


 毛玉だった男の子が腕を組み、うんうんと納得するように目を瞑りながら頷き、すぐにパチリとその瞳を開くと私の顔を覗き込んだ。


「そっか、そっか、それはみんなに悪い事をした。君にも悪い事をしたね。ボク様が不在だったのは君が偽物? だからじゃ無いよ。国神会議が長引いちゃって帰りが遅くなったんだ。でも時間を戻したんだし、許してね」

「え⋯⋯時間、を戻した?」


 問い返した私に男の子はニンマリと笑顔を見せる。


「あ、の、あなたは⋯⋯一体⋯⋯」


 この国には魔力が存在するが火を起こしたり氷を出したり、身を綺麗にしたりとどちらかと言うと生活に密着した使い方をする。

 誰でも魔力はあるけれどその保有量はそれぞれ。私は魔力が少ない方になる。そんな私でも分かる。毛玉から姿を変えたり空中に浮かんだり。しかも、時間を戻すなんて世界の理を超える事が出来るのは⋯⋯まるで神様では無いか。


「ボク様? ボク様はセオス。エワンリウムの国神をしてるんだ」


 スイスイと部屋を飛び回り国神セオス様はエヘンと胸を張った。


「国神様⋯⋯」


 驚き過ぎると思考が止まるって本当なのね。ニコニコとした目の前の男の子が国神様だと聞いても私はただ唖然とするだけだった。

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