第3話 人助け
三回ほど人混みを抜けると、もう背後に追いかけてくる警察官の姿は無かった。
なんとかまけたようだ。
息が整う頃には、気まぐれな皮膚の硬化は止まっていた。
しばらく人のいないところにいようと路地裏に入ると、奥の方から怒声が聞こえてきた。
思わず曲がり角を進んでいって陰からのぞくと、スーツ姿の中年の男が二人の若い男に掴まれ、殴られていた。若い男たちはいかにもチンピラといった見た目だ。
一瞬警察を呼ぶことを考えたが、自分も追われている状況だということを思い出す。しかし他に人気もない。俺はつくづく自分の偽善的な性格を嫌に思った。
でも、見て見ぬふりはできなかった。
「あの!」
若い男二人の視線が刺さる。
「あの、やめませんか……?」
「ああ? なんだ、子供か?」
二人がギロリとにらみながら、舌打ちをする。殴られていたスーツの男ははっきりと言葉を出せないようでうめき声をあげて、ぐったりと地面に倒れた。
「どっか行けよ、ガキが」
ダメもとではあったが、やはり若い男たちに交渉の余地はなさそうだ。
精神的な揺らぎが影響しているのか、体のところどころが硬化してはもとに戻るのを感じる。
念のため俺はフードをかぶった。
一気に突進し、金髪の若い男の脇腹に体当たりをする。
体の節々が例の黒光りするガラスで加工されていた俺のタックルは、それなりの威力を生み出し、一人を数メートル遠くに突き飛ばした。
もう一人の赤茶髪の男が俺の頬を拳で殴る。頬からとげのように突き出ていたガラスがフードの布越しに刺さり、赤茶髪の男は悲痛なうめき声を上げる。
「さあ、早く!」
俺は中年の男の肩に手をかけて逃げようとするが、彼は立ち上がることもできないくらい負傷していた。
今さら引き返すこともできず、俺は彼のスーツを掴み直す。その拍子に、フードが外れると若い二人の男はハッと表情を変えた。
「おい、こいつ! まさか例の!」
「ああ、米村さんの言っていたトカゲ野郎だ」
二人はにやにやと笑いだし、近くにあった工具を手にして俺との距離を縮め出す。
「米村さんの言ってた」? 米村って誰だ?
「よく見りゃひょろいガキじゃねえか。例の薬で多少硬くはなってるが、大したことはねえさ」
「ああ、捕まえればかなりのボーナスって話だ。さっさとやっちまおう」
俺は理解した。こいつらと昨夜少女を取り囲んでいた連中は繋がっている。
どうやら俺は警察のみならず、裏組織にも指名手配されていたらしい。
とにかく、この人を助けなければいけない。今捕まるわけにはいかない。
「っらあ!」
金髪の男が雄たけびと共にバールを振り上げる。
なんとか回避するが、攻撃はやまない。
俺は一度スーツの男を地面に離して、今度は同時に振り下ろされた二人分のバールを右腕で防ぐ。
片方はガラス部分に当たったものの、もう一つの方のバールは俺自身の肉で受け止めてしまい、激痛が走る。
俺は叫びたくなる痛みを呼吸で押し殺し、二つのバールを薙いで弾き飛ばす。
間髪入れずに二人の男を左の拳で順に殴ると、両名は倒れた。
ほぼ同時に俺の皮膚の硬化は完全に止まった。
俺は殴られていた中年の男を、引きずるようにして大通りに連れて行こうとする。
「おーいお前ら、おっさん情報筋吐いたかー?」
そのとき、俺がこの路地に入ってきたのと同じところから三十代くらいの青髪の女が現れた。
その女は落ち着いた様子でため息をつくと、ポケットからたばこのようなものを取り出し、その先端を噛んだ。
「だいたい状況は把握した」
女が噛んだ部分からたばこ全体むかってオレンジ色の帯電が広がっていく。その電撃は次第に女自身に広がっていき、女は電流に身を包んだ。
状況は俺が理解し終えるのを待たなかった。
女は瞬時に移動し、右手を構えて俺の目の前にかがみこんでいた。直後、拳が俺のみぞおちをガラスの皮膚越しに打撃する。
俺は地面に転がり、視界は回転した。
見ている物事の情報を脳がますます理解できなっていく最中、俺は第二の打撃を食らい、意識を失った。
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