第10話 デジャブった。


「……ただいまー」


 夜の9時を少し越える頃、俺はようやく愛しの我が家に帰ってきた。


 しかし今日だけはドアを重く感じた。

 

 理由は簡単で、佐々倉さんからのメールだ。


 『帰ったらお話があります』の一文には本当に肝が冷えたよ……


「……?」


 いつもなら玄関を開けてすぐに佐々倉さんが迎えてくれるんだが……


 やれやれ、どうやら相当にご立腹なのか姿は見えない。


 リビングの電気も消えているようでひなのももう眠ってしまったのかも知れない。


 少し寂しいな。

 そんな風に思いながら俺はリビングに向かった。


 音を立てずにそっとドアを開けると、ソファの上で眠るひなのを見付けた。


「……こんなとこで腹出して寝ると風邪引くぞ」


 俺はすぐに寝室に連れて行こうと、ひなのの体を抱っこした時だった。


「……んにゃ……ぱぴぃ~……まだかなぁ……」

 

 ……仕方なかったとは言え、寂しい思いをさせてしまってすまなかったな……


 起こす訳にもいかないので、俺は心の中でそうひなのに謝罪した。


 ひなのを起こす事なく寝室に連れて行き、リビングに戻った俺はようやく電気をつけた。


「あれ、そういや佐々倉さんは……」


 帰ったのかな?

 まぁいつもならもう帰ってる時間だ。


 補導されない時間には帰るという約束だしな。

 

 また明日来た時にでも謝るか。


 俺はとりあえずあかりに挨拶をしておこうと思い、仏壇のある部屋へ向かった。


「……っとと……」


 覚束ない足取りであかりの部屋の前に着き、俺はドアを開けた──


「!?」


 俺があかりの部屋に足を踏み入れようとしたその時、俺の視界に飛び込んで来たのは月明かりに照らされた半裸の美少女。


 下着だけで体を隠した、佐々倉さんだった。


「さ、佐々倉さん、何を……!?」

「……っ!」

「ごふっ!?」


 彼女はそのままの姿で俺の腹目掛けて飛び掛かって来る。


 俺の鈍い体では避けることは叶わず、そのまま廊下に倒れ込んでしまう。


「ってぇ……」

「……」

「……ちょい、佐々倉さんや……?」


 剥き出しの肩に触れるのは躊躇ったが、仕方ない。

 俺は微かに震える彼女の両肩に手を添えた。


「……あの、これはどういう事なのか……聞いてもいいかい?」

「……に……しょ……」

「へ?」


 佐々倉さんは声まで震わせて俺の胸元で声を荒げる。


「先に言う事があるでしょ……!」

「!」


 そうだな……

 まだ俺は面と向かって彼女に言えてなかったな。


「ただいま。今日はすまなかった」

「お……帰り……なさ、い……浮気性の諒太、さん……!!」

「……うっ」


 泣きながら俺の懐で痛い所を突く佐々倉さんは、しばらくの間涙を流した。


 俺にこの涙の意味を知るすべは無かった──





「諒太さん、何か言うことはありませんか?」

「いや、別に言うことなんて……」


 あかりの仏壇があり、現在は佐々倉さんの配信部屋ともなりつつある例の部屋。


 現在俺はそこのベッドの上で正座しながら未だ下着姿の佐々倉さんに睨まれている。


 デジャブだ……

 彼女が通い妻となったあの日もこうして詰められていた気がする。


 ……江本のせいで。


「ふーんお可愛い後輩さんと飲みに行って、いきなり私に家の事全部任せて、釈明はないと。これはお仕置きが必要ですか?」

「ひぃ!?」


 ちょ、最後だけ何か前と違う!


「ま、待て!そ、そのロウソクとチャッカマンをどうするつもりだ!?」


 佐々倉さんは仏壇の前に置いてあったロウソクとチャッカマンを両手に装備していた。


 ホラー映画顔負けのくらーい顔で。


「……諒太さん……ロウソクって垂らされると結構熱いみたいですよ……ふふ……良い声で哭いて下さいね……?」


 止めて、その絶妙な拷問!!


 だがどうやら佐々倉さんは冗談だったらしく、2つの装備を俺に手渡して来た。


「嘘ですよ、仏具でそんな事したらバチが当たりますから。奥様に挨拶がまだだと思いまして」

「……本当かよ」

「何か言いました?」


 だからその怖い笑顔止めろ!?


 俺はそそくさと、いつものように準備を終わらせ両手を合わせた。


 背後から佐々倉さんのえも言えぬオーラを感じながら。


 すると、まだあかりへの挨拶の終わっていない俺の背中にぴと、と何かが当たる感触が生まれた。


「……佐々倉さん?」

「はい?」

「あの……胸、当たってるんすけど……」

「当ててるんですよ?」

「……」


 ぐほぁ!?

 俺はあかりの前だから表情は真顔だ。


 だが内心は心臓バックバク。

 今にも彼女を正面から抱き締めたい欲望が溢れそうになってるのがマジやばい。

 

 と言うか、むしろおっぱいの誘惑に未だ耐えている俺の自制心を誉めて欲しい。

 

「……先輩」

「!?」


 耳元で急にそう囁いた彼女は、俺の首元に両手を回して更に密着度を上げる。

 

 や、やばいってこれ!

 あかりの前で俺の、俺の俺が……あぁぁあああ!!

 

 そんな、止まる事を知らない心臓の鼓動が一際強くなった時だった。


「キスってどんな味がするのか……私にも教えて頂けますか?」


 その言葉を聞いた瞬間、サーーーっと体中から血の気が引いて行くのを感じた。


 ハハハ……見てたの君だったのね──

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